「世界の放射線被爆地調査」(高田純)

冷静な目で真実を見極めようとする姿勢を

「世界の放射線被爆地調査」(高田純)
 講談社ブルーバックス

「世界の放射線被爆地調査」ブルーバックス

原子力を
エネルギーの重要政策として
推進するわが国で、
放射線被曝とその防護法に関する
教育は皆無に近い状態にある。
避けなくてはならない
核災害ではあるが、
多くの国民がその科学的影響や
防護法を知ることは
大事である…。

原子力エネルギーや放射線に関わる本を
集めているのですが、
そのいくつかは
2011年以前に出版されたものを
意図的に購入しています。
福島第一原発の事故により、
何か冷静ではない書かれ方をしたものを
いくつか見てきたからです。
本書も刊行されたのは2002年。
3.11の9年前です。
物理学者である著者が、
世界の被爆地を実地調査し、
その結果をまとめたレポートです。

これからのエネルギー問題を
考える上で、
そして原子力や放射線に対する
理解を深める上で、
参考にすべき点が多々ありました。

〔本書の構成〕
第1部 核災害の概要
 第1章 核爆発とその影響
 第2章 放射線被曝の基礎知識
 第3章 世界の核兵器実験とその影響
 第4章 原子力発電と核燃料サイクル
第2部 調査の現場から
 第1章 マヤーク・プルトニウム
     製造企業体周辺での核災害
 第2章 旧ソ連邦での核兵器実験による
     周辺住民の被曝
 第3章 南太平洋における
     米国の水爆実験
 第4章 シベリアにおける
     核爆発の産業利用
 第5章 チェルノブイリ事故
 第6章 東海村臨界事故
 第7章 放射線被曝地の回復
 特別章 家族のための放射線防護

第1部は、
放射線に関する基礎知識について
取り上げられています。
注目すべきは第2部であり、
世界の被爆地の放射線測定結果について
詳細なデータとともに
解説がなされています。
被爆地といえば私たちは
ヒロシマ・ナガサキのように、
原爆被爆地しか連想しませんが、
著者は
「核兵器製造工程でのずさん管理による
被爆」(第1章)、
「核実験による被爆」(第2章・第3章)、
「産業利用のための核爆発による被爆」
(第4章)、
「原子力施設の事故による被爆」
(第5章・第6章)と、分けて捉え、
それぞれのケースに応じた
調査を実施しています。

著者は実際のデータを示しながら、
各被爆地の安全性
(もしくは危険度)について
述べているのです。
多くの地域で、
調査時点での残留放射線は、
日本の一般的な場所での
自然放射線と比較して、
決して大きいものではないことを
解き明かしています。
また、農作物への
放射性物質の蓄積についても、
その多くは調査時点で
問題のないことを明らかにしています
(ただしキノコ類への残留は
大きい傾向にある)。

こうして見ると、実際の被害以上に、
「風評被害」さらには
「それによる精神的な被害」の方が
大きいのではないかと感じられます。
これまで放射能汚染は
「人間の時間概念を越えて
長期間継続するもの」という
イメージがあり、
こうした調査結果に拍子抜けしたような
気分になったのですが、
データが示したとおりなのでしょう。

驚かされたのは、
第6章での東海村臨界事故での
JCOの対応です。
「救急隊員は、
 放射線事故との連絡がなかったため、
 個人被曝線量計などを
 携帯していなかった。
 しかも救急隊員が
 被曝することがわかっていたにも
 かかわらず、現場でJCO側は
 その説明を怠った。
 救急隊員たちは、
 無防備で、高い放射線場の中に
 入ってしまった」

原子力を扱う機関の、
こうした無責任体質が
まったく変わらないまま、
日本は福島第一原発の事故を
迎えてしまったのかも知れません。

私たちは真実を自らの手で確かめること
(自らガイガー・カウンターを持参して
現地を調査するなど)は不可能です。
だとすれば、いろいろな情報を比較し、
真実はどこにあるのか
確かめようとする姿勢が
常に必要なのです。
「放射能事故があるとその土地は
半永久的に使用できなくなる」という
漠然とした知識だけでなく、
いろいろな情報に
的確に接していくことが大切なのだと
感じました。

もちろんそのためには、
本書に書かれてあることを
鵜呑みにすることも危険です。
そのデータは正しいのか、
調査方法は適切であるのか、
サンプル数は問題ないのか、
データから導き出した結論に
誤りや矛盾がないのか、
他の調査結果とどう異なるのか、
批判的に見ていく必要がありそうです。

そうした意味では、第1部第4章での
「事故」に対する考え方として、
交通事故を引き合いに出して
原子力事故を語っていることには
やや疑問を持たざるを得ません。
もっとも「だから原子力事故は
小さなものである」とは、
著者は決して言ってはいません。
むしろ「特別な形での
安全確保が要求される」として、
テロ対策を含めた安全性確保に
触れている点は納得できます。

なお、特別章の
「家族のための放射線防護」は必読です。
2002年の段階で、これほど現実的に
原子力発電所の事故を想定し、
現実的な対処法を提示しているのは
慧眼としかいいようがありません。

筆者は、福島第一原発の事故後にも
同様の調査を行っているようです。
そのレポートも
いずれ読んでみたいと思います。

〔著者による2011年以後の著作〕

こうして一通り読み終えると、筆者は
「何が何でも原発反対」
でもなければ
「産業界の要請に応えるために原発推進」
でもなく、
調査によるデータから冷静に
原子力利用の在り方を
提言しているように思われます。
私たちも冷静な目で
真実を見極めようとする姿勢を
持ちたいものです。
ぜひご一読を。

(2023.3.21)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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