「15の夏を抱きしめて」(デ・レーウ)

人間の「死」を単純化せず、ありのままに提示

「15の夏を抱きしめて」
(デ・レーウ/西村由美訳)
 岩波書店STAMPBOOKS

15歳のトーマスは、
母父の不和を
黙って見ているしかない。
恋人・オルフェーが心を病むのを
黙って見ているしかない。
祖父が娘に見捨てられたまま
命を終えようとしているのを
黙って見ているしかない。
なぜならトーマスはすでに…。

すでに事故で亡くなっているからです。
ただしそれがわかるのは
(明確に記されているのは)
300頁弱の本編中、104頁目、
死因がトラック事故であることが
述べられているのは194頁目であり、
最初は何が起きているか
よく理解できないまま
読み手は頁をめくることになります。

【主要登場人物】
トーマス

…交通事故で亡くなった
 15歳の少年(の霊)。
オルフェー
…トーマスの恋人。
 トーマスの姿が見える。
ブラム
…トーマスの友人。
 オルフェーに想いを寄せる。
エヴァ
…トーマスの母親。息子の死に混乱。
 トーマスの姿が見える。
ヴィレム
…トーマスの父親。
セーザル
…トーマスの祖父。かつて妻を亡くし、
 その死から立ち直れない。
 娘・エヴァと絶縁状態。
 トーマスの姿が見える。

簡単に言えば、
トーマスの死を受け入れられない
母親・エヴァ、恋人・オルフェー、
祖父の三人は、トーマスの姿が見え、
トーマスと話もできるのです。
三人がトーマスの死を
どのように乗り越えていくかを
描いたものなのです。
ただし、安っぽいドラマのような
乗り越え方ではありません。

①オルフェーの場合
トーマスの死に
押しつぶされそうになり、
彼女は自殺未遂までしてしまいます。
しかし彼女はトーマスを
盲目的に愛しているのではありません。
トーマス(の霊)と
喧嘩もしているのです。
トーマスとのやりとり、
そしてブラムとの交流によって、
一つの決着を見出していきます。
それは決して爽やかではありません。
半ば強引に振り切っているのですから。

②セーザルの場合
祖父・セーザルは、トーマスの死を
受け入れるというよりも、
彼自身が死に向かっていくのです。
ところどころに自らの体験
(父親も妻の死を乗り越えられず、
自らも妻の死を乗り越えられず、
娘には見捨てられた)を
織り交ぜながら、
トーマスの死とともに
自らの死も受け入れていきます。

③エヴァの場合
そのセーザルの死が、
エヴァのそれまで抱いていた
頑なな心を融かしはじめます。
エヴァはトーマスの死とともに、
幼い頃の母親の死を
受け入れ直すことからはじめるのです。

トーマスの死を受け入れられずに苦しむ
登場人物を三世代に広げたこと、
霊体であるトーマスが自身の心情を
極力抑えながら淡々と語っていること、
受け入れがたい肉親の死の経験を
セーザルとエヴァの
二代に渡って負わせていること、
現在と過去を
交錯させる形で描いていること、
セーザルの編んだ暗示的な物語を
随所に挿入していること等、
筋書きは複雑かつ重層的です。
それが人間の「死」を単純化せず、
ありのままに読み手に提示することに
成功しています。

人間の生と死を考える小説は
いくつもありますが、
本書は海外それもベルギーの現代作家が
描いた新鮮な作品なのです。
高校生に薦めたいと思います。

※タイトルがいかにも
 ヤングアダルト向けですが、
 それほど読みやすい作品では
 ないでしょう。

※霊体となった少年が
 現世に生きる人々を見つめる作品は、
 シアラー「青空のむこう」
 思い浮かびます。
 そちらは甘口ですが、
 本作品は辛口です。

※ミステリやSFといった
 エンターテインメントであれば
 海外の現代作家の作品が
 それなりに紹介されていますが、
 青少年向けの文学作品が
 見当たらないことに
 不満を持っていました。
 探したらありました。
 岩波書店から出されている
 「STAMP BOOKS」という
 シリーズです。
 現在20数点発行されています。
 注目すべきシリーズです。
 さすが岩波書店。

(2022.3.21)

SplitShireによるPixabayからの画像

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