「流刑地」(パヴェーゼ)

暗号で書かれたかのような、その異様な「重さ」

「流刑地」(パヴェーゼ/河島英昭訳)
(「百年文庫022 涯」)ポプラ社

「百年文庫022 涯」ポプラ社

「流刑地」(パヴェーゼ/河島英昭訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学12」)
 集英社

「集英社ギャラリー世界の文学12」集英社

イタリアの南の果てに、
流刑に処せられた「ぼく」は、
そこで同じ流刑者の工員・
オティーノと知り合う。
女から届けられた
絵葉書を手にして、
彼は力なく呟く。
「若い女が挨拶だけを
書き送ってくるようでは、
ぼくを裏切っている証拠さ」…。

イタリアの詩人であり作家の
チェーザレ・パヴェーゼの短篇であり、
その代表作でもあります。
現代では
感覚的に理解が難しいのですが、
かつては流刑という制度があり、
日本でも菅原道真や源頼朝、
ヨーロッパでもナポレオンなど、
歴史上の人物が
処された刑罰として有名です。
このパヴェーゼ自身も
流刑にされた作家であり、
その流刑地での経験が、彼の
文学的特色を形づくっているのです。

〔登場人物〕
「ぼく」
…語り手。流刑に処せられた土木技師。
 罪名は明らかにされていない。
オティーノ
…流刑者。機械工。同棲していた女が、
 他の男から殺害されたことを知る。
チッチョ
…流刑者。妻が他の男と駆け落ちした
 ことから、身を落とした。白痴。
コンチェッタ…娼婦。

一読しただけでは、
作者が何を表現しているのか、
皆目見当がつきませんでした。
ただただ重く暗い、
陰鬱な雰囲気だけが漂う、理由不明の
後味の悪さを感じさせる作品でした。

作家パヴェーゼの遍歴と
本作品を照らし合わせると、
見えてくるものがあります。
「ぼく」の故郷として設定されている街・
トリーノは、パヴェーゼが
青春時代を過ごした都会なのです。
それは1920年代、
徐々に盛り上がりを見せる
ファシズムの時代でもあります。
本作品の暗然たる空気感は、
このファシズムの台頭した時代の
雰囲気そのものなのでしょう。
十代ですでに
数多くの詩を書いていた彼は、
やはり反ファシズムの文化人と接触、
その思想の影響を強く受けるのです。
反ファシズムの雑誌「文化」の
出版に関わった彼に、
当局の弾圧の手は伸び、
彼をはじめとする
「文化」編集者全員が逮捕、
彼はイタリア半島南端の僻村
ブランカレオーネに流刑されるのです。
それは作品中の「ぼく」の境遇と
重なります
(「ぼく」の罪状が明らかでないのは、
単純な犯罪とは異なるもので
あろうことが推察できるからです)。

そして、注目すべきは、
「ぼく」が交流する二人の流刑者です。
オティーノは妻のために黙秘を貫き、
刑に処せられているのですが、
その妻は早々と他の男のもとへ走り、
彼を裏切るのです。
そしてその妻はその男に射殺されます。
またチッチョの妻も
彼を裏切って逃げ出したのですが、
「ぼく」はそのチッチョに
こう投げかけます。
「おまえは女房なんか
 殺してしまえばよかったんだ。
 いまごろ、おまえの女房も
 娼婦になっているぞ、
 この女みたいに」

オティーノとチッチョ、
その境遇(女に関する)は
よく似ています。
おそらく「ぼく」のそれもまた、
似たようなものである
可能性があるのです。
「別の土地へ来て、
 男たちが女の話をしているのは
 屈辱だった」

「嫌いだ」や「聞くに堪えない」ではなく
「屈辱だった」のですから、
「ぼく」の恋人もしくは妻もまた、
流刑となったことをきっかけに、
「ぼく」を裏切ったのではないかと
推測できます。
具体的なことは何も記されていない
「ぼく」の身の上ですが、
状況証拠をかき集めると、
そのような推定に辿り着くのです。

だとすれば、
最後の一文が気になります。
「光の死に絶えた朝、
 ぼくは旅だった。
 自分の宿命へ向って」

刑期を終えて帰郷するのでしょうが、
それは希望に満ちたものでは
ないはずです。
「光の死に絶えた朝」ですから。
そして「自分の宿命」とは何か?
おそらくは決着をつけることでしょう。
決着とは何か?
女に復讐、おそらくは
殺害することなのでしょう。

百年文庫「涯」に収録された本作品。
地の「涯」に流刑された主人公「ぼく」は、
そこから旅立ち、次は
生命の「涯」に向けて旅立ったのです。
まるで暗号で
書かれたかのような本作品、
その異様な「重さ」こそ
味わいどころでしょう。
精神にゆとりのあるときに、
ぜひご一読を。

〔「百年文庫022 涯」〕
異父兄弟 ギャスケル
流刑地 パヴェーゼ
 中山義秀

(2023.5.3)

David MarkによるPixabayからの画像

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