「おみつさん」(鈴木三重吉)

三重吉作品にしばしば登場する「お姉さん」

「おみつさん」(鈴木三重吉)
(「千鳥」)岩波文庫

「千鳥」岩波文庫

「丁さん」と、誰だか、
白粉を附けた若いをばさんが、
塵取を提げて出て来る。
「丁さんでがんせうがの。
まあまあすつかり見違へた。
こつちへおいで丁さん。
あたしぢゃのに。
もうあたしをお忘れたか。
ほほほ別つたの?」と
嬉しさうに…。

児童雑誌「赤い鳥」を創刊し、
児童文化運動を推進するとともに、
多くの童話や児童文学を書き上げた
作家・鈴木三重吉
本書「千鳥」には、
三重吉の処女作「千鳥」から
第五作目「黒髪」までの
初期作品が収録されています。

「千鳥」や第二作「山彦」は、
やや難解な面を含む作品でしたが、
本作品の筋書きは至って単純です。
母親と死に別れ、
祖母と暮らしている少年「自分」
(=「丁さん」、おそらく小学生くらいの
年齢と考えられる)が、
かつて近所に住んでいて、
よく面倒をみてもらっていた
年上のお姉さん
「おみつさん」と再会する、
おみつさんのような人が
うちに来てくれればいいな、と
考えていたら、本当におみつさんが
家族になる、というものです。

その事情は詳しく書かれていません。
特に父親の存在が不明です。
おみつの「お父さまは?」の問いかけに
「ゐない」という「自分」の返答しか
書かれておらず、死別したのか、
遠くへ仕事をしに行っているのか、
たまたまこのときいなかったのか、
わからないのです
(最後まで父親は登場しない)。
したがって、
結末のおみつが「自分」の家に
ずっといることになった経緯も、
足腰の弱くなった「祖母」の
面倒をみるためなのか、
「自分」の父親と再婚したことなのか、
一切不明です。
しかしそのようなことは
些末に感じられるほど、
願いの叶った「自分」のうれしさが
前面に押し出されている作品なのです。

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さて、三重吉の作品には、
年上のお姉さんのような女性が
しばしば登場します。
本作品の「おみつさん」は、
「若いをばさん」と記されていますが、
小学生から見た「若いおばさん」なら、
20代後半のお姉さんでしょう。
「山彦」では、実の姉とのやりとりが
描かれているのですが、
その関係は単なる姉弟というよりは
恋人のそれに近いものがあります。
短編小説「赤い鳥」で、
入院中の主人公・冷吉が出会う
謎の女性も、どう考えても年上です。

作者・鈴木三重吉自身も、
9歳のときに母を失い、以後、
祖母の手によって育てられています。
本作品の「自分」は、
作者自身が投影されたものと
考えることができそうです。
資料を探しましたが、三重吉自身に
「おみつさん」のような存在の継母が
現れた形跡はなさそうです。
三重吉は、甘えたい盛りに
思い切り甘えられる存在のないまま
少年時代を過ごし、
その満たされない思いが、
成人して以降、
自らの作品に無意識のうちに
現れたとも考えられます。

いずれにしても、「千鳥」「山彦」といった
幻想的な要素を含んだ二作と異なり、
三重吉の思いが
溢れ出ているような作品です。
ぜひご賞味ください。

〔本書収録作品一覧〕
千鳥
山彦
おみつさん
鳥物語
黒髪

(2023.5.11)

JoeによるPixabayからの画像

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