「百年文庫019 里」

遊郭の恋の物語三篇、遊女の恋は実りません。

「百年文庫019 里」ポプラ社

「百年文庫019 里」ポプラ社

「朴歯の下駄 小山清」
朴歯の下駄を履いて
廓に通った「私」は
若い妓を紹介される。
まだ十九の「彼女」は、土の匂いが
まだ残っているかのような
素朴さがあった。
「私」は「彼女」のもとへ
通うようになる。
ある日、「彼女」は
日光へ行きたいと
「私」に打ち明ける…。

百年文庫第19巻のテーマは「里」。
「里」という漢字から
連想するものと言えば、
一般的には「古里」「郷里」でしょう。
ところが本書の「里」は「遊里」、
つまり遊郭なのです(こればかりは
読んでみなければわからない)。
したがって、すべて遊里の女の
純情物語となっているのです。

一作目の「朴歯の下駄」の遊女は、
初々しさのまだ残る遊郭の少女です。
名前さえ与えられていない「彼女」の
人となりについては、
次のように記されています。
「野の匂い、土の香りのようなものが
 まだ消えずに残っている
 感じだった。
 空に雲雀の囀る畑の中にいる
 彼女の働く姿を
 容易に想い浮かべることができた」

そして相手の男も、
学生上がりの「私」と、こちらも
名前を与えられない純朴な青年です。
当然、二人の恋は実りません。

「罪な女 藤原審爾」
明るい性格のお愛は、
新聞記者の大町にひかれ始める。
深くなってはいけないと
思いながらも、
お愛は次第に大町から
離れられなくなっていく。
「亭主とは別れたのか」という
大町からの問いかけに、
お愛は「別れています!」と
答えたが…。

二作目「罪な女」の遊女・お愛もまた、
子どもっぽさの残る小田原の芸者です。
とはいえ初心な娘などではなく、
服役中の夫を持つ女なのですから、
やっかいといえばやっかいです。
惚れてしまった男・
大町からのアプローチに、
つい乗ってしまったのも
悪気があってのことではないのです。
そこに恩赦を受けた夫の
出所が持ち上がり、
にっちもさっちもいかなくなるのです。
したがってこちらも、
二人の恋は実りません。

「今戸心中 広津柳浪」
惚れていた平田が
郷里へ帰ることになり、
二度と会えないと知った吉里は
激しく動揺する。そして
足繁く通ってくる善吉もまた
「今日が最後だ」という。
身代を潰したのだという。
善吉を避けていた吉里は、
初めて彼の気持ちに気づき…。

三作目「今戸心中」の遊女・吉里は、
二十二三の花魁です。
こちらは惚れている平田に
自らの気持ちを表せないまま、
別れの日を迎えます。
二人の気持ちが交錯することのない、
まったくの「すれ違い」なのですが、
彼女はもう一人の登場人物・
善吉とも「すれ違い」ます。
重なることなく「すれ違う」のですから、
二人の恋は実るはずがありません。

この実るはずのない「悲恋」を、
しみじみと噛み締め、
切ない恋に思いを馳せるのが、
本書の正しい味わい方だと思います。

その一方で、作品世界と
やや距離を置いて考えたとき、これらは
「男性側からの視点」であることに、
否応なく気づかされます。
彼女たちを幸せにしてあげられないのは
もっぱら「男の側の都合」の
結果なのですから。
そして明確に描かれてはいないものの、
彼女たちを遊女という
悲しい境遇に追い込んだのも、
彼女たちの周囲の「男(おそらくは親)の
都合」なのではないかと思うのです。
遊女の恋の悲しさという以前に、
男に翻弄されながら
生きなければならなかった
女性の悲哀こそ、
読み手は噛み締めるべきと考えます。

なお、三作品それぞれの書かれた
日本語の美しさも
本書の味わいどころとなっています。
小山清(1911-1965)の、
自然体で素朴な風合いのある表現、
藤原審爾(1921-1984)の、
朴訥でストレートな印象の文体、
広津柳浪(1861-1928)の、
軽妙かつ格調の感じられる文章、
どれをとっても日本語そのものが
深い味わいをもたらしているのです。
リアル書店の棚には、
もはやその名を見ることのなくなった
三人の作家たちですが、
埋もれたままにしておくには
誠にもったいない限りです。
ぜひご賞味ください。

〔青空文庫〕
「朴歯の下駄」(小山清)
「今戸心中」(広津柳浪)

〔「百年文庫019 里」〕
朴歯の下駄 小山清
罪な女 藤原審爾
今戸心中 広津柳浪

〔小山清の本について〕
「ビブリア古書堂の事件手帳」
取り上げられたため、
「落ち穂拾い」を含む文庫本が
復刊しました。

そのほかには
次のようなものが見つかります。

〔藤原審爾の本について〕
藤原審爾の作品は、
電子書籍で復刊がなされています。

〔広津柳浪の本について〕
どちらも岩波文庫から出版され、
現在絶版中です。
「今戸心中 他二篇」
「河内屋/黒蜴蜒 他一篇」

こうした作品に、
触れていきたいと思っています。

(2023.5.24)

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