ミステリの源流をたどるつもりで味わうべき
「紳士の行ゑ」「間違ひ」（黒岩涙香）
（「黒岩涙香探偵小説選Ⅱ」）論創社
豪商塩田商会店主丹三が
最愛の妻子を残し、
行方知れずとなる。
それまで家を空けたことの
なかった店主の失踪であり、
警察は殺人事件を視野に入れ、
捜査を開始する。
予備判事が依頼した
探偵･散倉老人は、
早速容疑者を報告するが…。
「紳士の行ゑ」
表題で使われている
旧仮名遣いを見ても分かるように、
明治の時代の探偵小説です。
｢紳士の行ゑ｣は明治24年(1891年)、
｢間違ひ｣は明治27年(1894年)
発表ですので、
130年ほど前の作品となります。
作者は黒岩涙香、
日本探偵小説の祖といわれる人物です。
もちろん、
現在のミステリと比較すると
稚拙の感はやむを得ないところであり、
むしろミステリの源流を
たどるつもりで味わうべきでしょう。
｢紳士の行ゑ｣は、
散倉(ちらくら)老人という探偵が登場し、
事件を捜査します。
19世紀の探偵らしく、
自らの能力を顕示する探偵ですが、
有能なのか無能なのか、
今ひとつはっきりしません。
捜査を依頼した予備判事が
被害者の写真を渡そうとすると、
｢憚りながら散倉は、写真で探すような
素人臭いことは一度もしたことが
ありません｣といいながら、
その後の捜査は
単純な｢聞き込み｣の繰り返しであり
(当時であればそれ以上の捜査は
ないのでしょうが)、それなら
警察官を動員した方が効率的です。
その割と、翌日の午前中には
容疑者を報告するのですから、
捜査は迅速です。
でも、その聞き込みも、
現場と被害者宅を
何度も往復した形跡があり、
｢老人が徒歩移動で
大丈夫だったのか｣という疑念も
沸き起こります。
しかし、そうした難点を挙げても
きりがありません。
味わいどころは、
散倉が報告し、それにしたがって
警察が逮捕した容疑者が、
果たして本当に犯人なのかどうかという
点にあります。
被害者が容疑者に接触するまでの
足どりが判明し、
大金を隠していたことも
発覚するのですが、
容疑者は犯行を否認します。
なんとその供述調書を見て、
散倉自身が｢無罪｣認定し、
釈放を要請するという
珍事が起こるのです。
誤認逮捕に導いた探偵も珍しければ、
その非をすぐに認めて
再捜査に着手する探偵も
なかなかお目にかかれません。
本作品は、この不思議な探偵･散倉の
振る舞いを味わうべきでしょう。
新育府の服装店に
金満家の主人らしき紳士が訪れ、
様々な品を見散らした後、
ただ一枚のハンカチのみを
買い求めた。
紳士のズボンのポケットから
絹紐が覗いているのを
見た番人は、男を捕らえる。
男のポケットからは
様々な品物が…。
「間違ひ」
もう一篇は、探偵が登場するものの、
名前は与えられていません。
店の番人が捕らえた
万引の容疑者もまた、
嫌疑を否定します。そして
探偵は釈放を決定するのですが…、
こちらは…。
二作品とも、容疑者が探偵によって
釈放されたものの、実は…、という
作品なのですが、
結末は百八十度異なります。
なお、
｢紳士の行ゑ｣の舞台は巴里(パリ)、
｢間違ひ｣は新育府(｢にーよーく｣との
ルビがある、おそらくニューヨーク)、
どちらも海外が舞台です。
それでいながら｢紳士｣は
登場人物がすべて日本人名。
これもこの時期の探偵小説の特徴です。
そのぎこちなさも
しっかり味わいましょう。
〔本書収録作品一覧〕
幽霊
紳士の行ゑ
血の文字
父知らず
田舎医者
女探偵
帽子の痕
間違ひ
無実と無実
秘密の手帳
探偵談と疑獄譚と感動小説には
判然たる区別あり
探偵譚について
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〔黒岩涙香の本〕
黒岩涙香は、
忘れ去られていい作家ではありません。
しっかりと味わっていきたいものです。
（2023.6.23）
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