「麦の海に沈む果実」(恩田陸)

その後味の悪さこそ、本作品の味わい

「麦の海に沈む果実」(恩田陸)
 講談社文庫

「麦の海に沈む果実」講談社文庫

北の湿原地帯にある
全寮制の学園。
二月最後の日に転入してきた
理瀬は不安に襲われる。
三月以外の転入生は
破滅をもたらすという言い伝えが
学園にあったからだ。
実際、理瀬の転入以来、
学園には不可解な事件が
いくつも起こり…。

恩田陸の初期の長篇作品です。
先日読んだ「三月は深き紅の淵を」
収録されていた本作品の断片
(筋書きは微妙に異なる)を読み、
その全貌が気になり、
手を出してしまいました。
ハラハラドキドキの連続で、
全500頁弱を
一気に読んでしまいました。

〔主要登場人物〕
水野理瀬
…学園の転入生。
 二月の最後の日に転入したため、
 周囲から好奇の目で見られる。
 光湖・聖・俊市・薫・寛・黎二の
 「ファミリー」に配属される。
黎二
…理瀬の「ファミリー」の一人。
 無愛想で口が悪いが、
 その内側に優しさを秘めている。
 反校長派。
光湖・聖・俊市・薫・寛
…理瀬・黎二の「ファミリー」のメンバー。
憂理
…理瀬のルームメイト。
 次第に親交を深める。反校長派。
ヨハン
…理瀬の次の日に転入してきた美少年。
 天真爛漫なその雰囲気の裏側に、
 何かを隠し持っている切れ者。
麗子
…理瀬が来る以前に「ファミリー」に
 所属していた少女。
 以前は男として育てられていた
 過去を持つ。行方不明であり、
 校長は転校と説明していたが、
 生徒は死亡したと考えている。

…理瀬が来る以前に「ファミリー」に
 所属していた少年。行方不明。
修司
…校長の「親衛隊」の一人。
 お茶会の偽招待状でおびき出されて
 殺害される。
亜沙美
…校長の「親衛隊」の一人。
 尖塔から墜落死。
校長
…学園の校長。性別は男だが、
 男と女の姿を使い分ける。
 カリスマ性を備えた人物。
 理瀬に強い関心をいだいている。
理事長
…先代校長。現校長の父親。

本作品の味わいどころ①
謎めいた学園で起きる不可思議な事件

第一の味わいどころは、
舞台となっている「学園」でしょう。
名称は明かされず、
「三月の国」という呼称でよばれる
「学園」は、北の湿地帯
(北海道の釧路のイメージか?)の中の
丘陵にそびえ立つ陸の孤島。
生徒は逃げ出すこともできず、
外部との通信もできない異様な環境。
かつては修道院だったという
異質な外観の建築物。
広大な敷地に施設が点在している
不思議な配置。
才能のある生徒には
金の糸目をつけずに最高の個別教育を
施す贅沢なシステム。
生徒のプライヴェートは一切秘匿され、
お互いに下の名前で呼び合う習慣。
あたかも異世界へと
迷い込んだかのような、
ダーク・ファンタジー的空気が
充満しているのです。

そこで起きる殺人事件。
しかし当然真相は
闇へと葬られていきます。
行方不明の生徒は本当に死んだのか?
その死因は事故死なのか他殺なのか?
校長が開催し、理瀬が図らずも行った
降霊術は本物なのか?
図書館から消えた本
「三月は深き紅の淵を」は
どんな役割を果たすのか?
多くの謎が、
最後の「第十五章」「終章」まで
明らかにされず、
謎は謎を呼んでいくのです。

本作品の味わいどころ②
謎めいた登場人物、すべてが疑わしい

登場人物は、
すべて謎に包まれています。
魑魅魍魎のように蠢く
登場人物たちこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなっています。
異学年集団「ファミリー」のメンバーも、
それぞれ理瀬に何かを隠しています。
押しかけルームメイトの憂理も、
面倒見はいいのですが、
別の思惑が透けてきます。
信頼に足りそうなヨハンでさえ、
上手く立ち回って何かを
画策している雰囲気が漂っています。

そうした
一癖も二癖もある生徒たち以上に
謎めいているのが校長です。
学園はすべて校長の
意のままのはずなのですが、
秘密裏に何かを押し進めている様子が
うかがえます。
男でありながら、男装も女装もこなし、
カリスマ的魅力も湛えている。
それでいながら
その裏側に垣間見える暗闇。
謎めいた学園の謎めいた校長が、
謎めいた生徒を欺きながら
何を企んでいるのか?
やはり謎は謎を呼んでいくのです

本作品の味わいどころ③
謎めいた美少女主人公理瀬の正体は?

謎めいた登場人物は、
主人公・理瀬も該当します。
多くのミステリ、ファンタジー、
ホラー作品等の場合、主人公だけは
信用できる存在なのですが、
本作品は主人公・理瀬が
もっとも謎に包まれていて、
信用できない存在となっているのです。
この異質な主人公こそ、
本作品の第三の味わいとなっています。

学園転入以前の経緯が
まったく描かれず、
読み手からすれば
感情移入のしにくい主人公なのですが、
そうした距離感ある
謎めいた主人公だからこそ、
物語のダークな雰囲気が
生きてくるのです。
理瀬の正体は最後の最後まで
明かされません。
それどころか、
それこそが本作品の最大の謎であり、
同時に本作品の
最大の味わいどころなのです。

読み終えたときには、
感情移入しようとしていた
読み手の努力は一切否定され、
読み手は主人公から突き放された
印象を持たざるを得ません。
後味は決して
良いものではありませんが、
その後味の悪さこそ、
本作品の味わいなのです。
「謎めいた」本作品を、
存分に味わい尽くしましょう。

〔「三月は深き紅の淵を〕

〔恩田陸の本はいかがですか〕

読み味わうその先から
次々に進作品を発表する恩田陸。
もはやついて行けない状況ですが、
初期の作品を中心に
読み進めていきたいと思います。

(2023.6.26)

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

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