
これまでとは異なる視点から迫った「家族の形」
「愛しいひとにさよならを言う」
(石井睦美)中公文庫
チチのことを考える。
チチと過ごした時間が、
隅々まで光に満ち、
希望に満ちたものだったことを、
確認する。
チチはわたしの父親ではないし、
チチというのも
名前ではなかった。
わたしがチチを呼ぶときの
呼び名ですらなかった…。
児童文学作家・石井睦美の作品です。
これまでいくつか作品を
取り上げてきましたが、
そのすべてが児童文学、もしくは
ヤングアダルト作品でした。
しかし本作品はそうではありません。
もちろん主人公で語り手の「わたし」は、
前半は小学生、後半は中学生であり、
ヤングアダルト作品と呼んで
何ら問題はないのですが、テーマは
もっと深いところにると考えます。
〔主要登場人物〕
「わたし」(斎藤いつか)
…語り手。母子家庭で育つ。
「母」斎藤槙
…いつかの母親。シングルマザーとして
いつかを育てる。絵画の修復家。
「ユキさん」(飯田由紀)
…槙・いつか母子に力を貸した女性。
市役所に勤務。
チチ(山本穣)
…槙の友人。いつかを預かる。
建築士。
「祖母」
…いつかの祖母。
槙とは仲違いしている。
怪我の治療のため、
一時槙と同居する。
彩音
…いつかの友達。両親は高名な音楽家。
表題が
「愛しいひとにさよならを言う」であり、
冒頭が「チチ」から始まり、
その結末は「別れ」で
結ばれるのですから、
「わたし」と「チチ」の出会いとふれあい、
そしてその「別れ」が
筋書きの中心となるのですが、
私はそれよりも、家族の在り方に
焦点を当てて読み進めました
(そうした読み方が正しいか
間違っているかは別として)。
ここには、いくつかの「家族」の形が
描かれていることに気づいたからです。
本作品で描かれる「家族」①
「わたし」「母」「ユキさん」
単純に「家族」という
枠組みで捉えるならば、
それはいつかと槙の
母子家庭ということになります。
しかし、物語の約七割において、
由紀が深く関わってきているのです。
彼女は結婚もせず、
したがって子どももいないまま
老年を迎えた女性です。
由紀は槙の友人であり、
同居をしているわけではありません。
それでいて、いつかや槙にとって
なくてはならない存在であり、
いつかは槙以上に
由紀に育てられているのですから、
この三人を「家族」として扱うのは
何ら問題ないはずです。
いつかは槙が28歳で産んだ娘であり、
そのいつかが中学生(12歳)になった
(槙は40歳)とき、由紀は60歳で
定年退職しているのですから、
この三人の年齢的な関係は、
祖母・母・娘ということになります。
他人である由紀を交えながら、
お互いに遠慮することなく
本音を語り合い、お互いを尊重し合い、
お互いに支え合い、
12年間生活してきたのです。
他人を交えながらも
幸せな「家族」の形を
維持してきたといえるのです。
本作品で描かれる「家族」②
「わたし」「母」「祖母」
一方、こちらは血縁どうしの
祖母・母・娘です。
わずか一ヶ月の生活でしたが、
すぐさま破綻を迎えます。
人の良いところを認めようとしない
「祖母」との折り合いを
つけることができず、
いつかはこの「家族」から
離脱することになります。
散々な書かれ方をしている
「祖母」ですが、しかし彼女は
決して悪人ではないと考えます。
自分の価値観からはみ出したものを
認めることができないだけなのです。
孫娘を蔑んでいるのでもなく、
ましてや憎んでいるのでもなく、
祖母として当たり前のことを
言っているとしか
認識できていないのです。
おそらく、そうした人間は
実生活にも一定数はいるでしょう。
むしろ、血の繋がった肉親であるだけ、
どうにもできないことが
あるのかも知れません。
不幸な「家族」の形ですが、
それを受け入れ、
割り切って生活するのか、
あるいはそこから離脱するのか、
どちらが正しいとはいえない問題です。
本作品で描かれる「家族」③
「わたし」「母」「チチ」
こちらも他人を含めた「家族」です。
「わたし」は
「チチ」と表現しているのですが、
冒頭に掲げた一節にあるとおり、
父親ではないのです。
いつかは「チチ」との
わずか一ヶ月ほどの生活の中で、
心を癒やしていくことができたのです。
この三人の「家族」の形は、
本作品には現れません。
実際には「わたし」と「チチ」の
父子家庭が続いたのです。
しかし、その後にこの家族の形
(同居をするのではなく、
心で繋がっているような関係性)が
現れる予感が示されています。
「わたし」と「母」の
単純な母子家庭に過ぎないのですが、
そこには三人の人間が入り込み、
三つの家族の形を表しているのです。
「家族」とは何か、
いろいろなことを考えさせられる
作品なのです。

「家族の形」といえば、
かつては「母子家庭」「父子家庭」、
近年では「同性婚」などが
素材として小説の中に登場しましたが、
それらとは異なる視点から
「家族の形」に迫った作品だと
私は捉えます。
ぜひご賞味ください。
(2023.8.14)
〔関連記事:石井睦美の作品〕
「皿と紙飛行機」
「白い月黄色い月」
「グッド・オールド・デイズ」


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まだまだたくさんあります。
少しずつ
読んでいきたいと思っています。

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