「百年文庫029 湖」

湖面に浮かび上がった気嵐のような美しさ

「百年文庫029 湖」ポプラ社

「百年文庫029 湖」ポプラ社

「冬の夢 フィツジェラルド」
奔放な性格のジューディに
振り回され続けたデクスターは、
その熱が冷めた頃、
貞淑な娘・アイリーンとの
婚約に踏み切る。
しかしある晩、彼の目の前に
再びジューディが現れる。
「結婚したい」と囁く彼女に、
デクスターの心は揺れ動き…。

暖冬が続いています。
いつもの冬に比べ、
過ごしやすい冬となっています。
天気が良い分、
朝はそれなりに冷え込みます。
近くの池の水面には、
霧が立ちこめる様子が見られます。
その霧、
「気嵐(けあらし)」というのだそうです。
冷たい空気が
温かな水面の上にあるとき、
池や湖などから蒸発する
水蒸気が冷やされ、
水滴になることによって
発生するものです。
毎年、私の住む地域では
降雪を伴う曇天の鬱蒼とした天気が
続くのですが、
今年はこうした気嵐がつくりあげる
幻想的な風景が広がることもあり、
幸せです。

さて、百年文庫第29巻を読了しました。
本書のテーマは「湖」。
わかりやすいテーマです。
三篇とも舞台は「湖」なのですから。

〔「百年文庫029 湖」〕
冬の夢 フィッツジェラルド
新月 木々高太郎
白孔雀のいるホテル 小沼丹

一篇目、フィツジェラルド「冬の夢」の
主人公・デクスターの追い求めた
理想の女性・ジューディは、
しかしその感情の
長続きしない女だったのです。
十数人の男の間を、
次から次へと移り変わっていきます。
さて、デクスターはどうするか?

ジューディとの関係を
きれいさっぱり諦めるのですが、
彼女への思いは
燃えさかっていたのでしょう。
ジューディとの「美しい思い出」を
心の中に静かにしまい続けた
純粋な精神こそが
デクスターの魅力であり、本作品の
最大の味わいどころとなっています。

「新月 木々高太郎」
細田氏の言うたことが、
少しも判らなかった。それは、
一種の殺人の告白である。
細田氏のように、
人生を活きて来た人には
私の判らぬ何かがある。
私の年齢が細田氏と
同じくらいになって
判るのかも知れない
―そう考えたのである…。

二篇目、木々高太郎の「新月」は
ミステリなのですが、
一筋縄ではいきません。
犯人捜しやトリックを見破るような
ミステリではないのです。
基本的には事故死なのでが、
事件は示談金をもって
弁護士たちが事態を収拾します。
では、ミステリの部分はどこか?

事故で決着した妻の死を、
なぜ夫は「自分が殺した」と考えたのか?
それが本作品のミステリたる
肝にあたります。
「人間の深層心理の複雑さ」を
描いたものであり、
時間を掛けてじっくり読み解かなければ
作品の真の姿が見えてこないという
難解な作品となっているのです。

「白孔雀のいるホテル 小沼丹」
大学生になったばかりのころ、
僕はひと夏、宿屋の管理人を
務めたことがある。
宿屋の経営者のコンさんは、
その宿屋で一儲けして、
いずれは湖畔に真白なホテルを
経営する心算でいた。
何故そんな心算になったのか、
僕にはよく判ら…。

最後の小沼丹「白孔雀のいるホテル」は、
ほのぼのと夢を見る物語です。
宿屋で一儲けして、
いずれはホテルに…。
そうした経営ビジョンは
ごく自然なものであり、
珍しくはありません。
問題はその宿屋です。
とんでもない状況なのです。
いくら戦後間もないころといっても、
ホテルが建つわけがない状況なのです。
しかし、本作品はどこまでも
夢に満ちあふれているのです。

三篇の選出基準は、
舞台が「湖」であるという
単純なものではないのでしょう。
それぞれ描かれているものは、
心にしまい込んだ
「美しい思い出」であり、
ミステリの奥に隠した
「人間の深層心理」であり、
貧しい者たちの描いた
「見果てぬ夢」であり、
実態のない、湖面に浮かび上がった
「気嵐」のようなものです。

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今日のオススメ!

はっきりとした形が見えないからこその
美しさというものがあります。
それぞれの作品の手触りは
まったく異なるのですが、
描かれている美しさには
どこか重なるものを感じてしまいます。
味わい深い珠玉の三篇です。
ぜひご賞味ください。

(2024.1.23)

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