「百年文庫034 恋」

三篇とも、「恋」の味わいは「ほろ苦さ」

「百年文庫034 恋」ポプラ社

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「隣の嫁 伊藤左千夫」
おはまは省作と並んで
刈りたかったは
山々であったけれど、
思いやりのない満蔵に妨げられ、
仏頂面をして
姉と満蔵との間へはいった。
おとよさんは絶対に
自分の夫と並ぶをきらって、
省作と並ぶ。
なんといってもこの場では
省作が…。

百年文庫第34巻を読了しました。
テーマは「恋」。
その言葉から感じられるのは
「面映ゆさ」と「ほろ苦さ」でしょうか。
実は三篇とも、味わいは後者です。

〔「百年文庫034 恋」〕
隣の嫁 伊藤左千夫
炭焼の煙 江見水蔭
春の雁 吉川英治

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今日のオススメ!

第一作の伊藤左千夫といえば
代表作「野菊の墓」
思い浮かべてしまいますが、
この「隣の嫁」も
似たような味わいの作品です。
「野菊」は15歳の少年と17歳の従姉の間の
淡い恋ですが、
こちらの19歳の青年・省三の
恋の相手は「隣の嫁」であるおとよ。
彼女もまた省三に恋をしていたとはいえ
当然、実るはずもなく
恋は壊されていきます。

〔青空文庫〕
「隣の嫁」(伊藤左千夫)

当時、好きだから結婚するという
わけにはいかなかったのです。
好きでもないものどうしが
結婚することの方が
多かったのでしょう。
おとよが嫁いだ先の清六は、
働き者というわけでもなく、学もなく、
面白みにも欠けていたのです。
ところが隣家には
自分と同い年の若者・省作がいて、
学もあり、穏やかでいい男前、
それに惚れたとしても、
誰もおとよを
責めることなどできないでしょう。

「炭焼の煙 江見水蔭」
山奥で一人、
炭を焼いていた青年・真次。
ある日、
真次が住まう山中の桜を見に、
主人一家が訪れる。
帰る段になって
主人の娘が足を痛め、
真次が背負って山を下る。
下り終えたとき、
真次は自分が背負っていた娘の
美しいことに気づき…。

第二作、
江見水蔭の「炭焼の煙」の恋もまた、
実るはずのない恋です。
主人公の貧しい孤児の炭焼青年・真次が
恋したのは主人の娘。
「隣の嫁」の省作と異なり、
純真なだけの野生児であり、
相思相愛どころか
歯牙にもかけられません。

身分が違えば
恋は成就しないという現実に、
もの悲しさややりきれなさを
感じるかも知れません。
あるいは、人権すらないような
真次の境遇に、
時代を超えた理不尽さを
感じるかも知れません。
またあるいは、自らの恋心を制して
幸せの在り方を見つけた
真次の精神的成長に
喝采を送るべきなのかも知れません。
いくつかの問題を提起している
作品であるといえます。

「春の雁 吉川英治」
「清吉さん、
このお金の費い途がついたら、
わたしを連れて、
すぐ江戸を立ってくれますか」
自分の胸だけで、もう
決めていたような口吻だった。
清吉はむしろ思う壺だった。
百五十両が、
この女の身代になるならば
むしろ安値いものだ…。

第三作、吉川英治の「春の雁」は、
大人の「恋」です。
清吉と秀八の恋の逃避行が
成就するのか、という点が、
筋書きの山場となるでしょう。
しかし考えてみると、
それで二人が結ばれるのなら、
子どもじみた恋物語に
堕してしまうのです。

花街の、そして大人の物語ですから、
決して甘口の結末ではありません。
最後はやはり
「大人の恋」で幕を閉じます。
現実世界では体験しにくい
(体験できないことの方が多いはず)
大人の恋の行方を、
噛み締めるように味わうべき作品です。

audible

さて、恋はいつの世でも
淡く儚く切ないものなのだと、
改めて感じさせてくれる三篇です。
心が洗われるような一冊です。
ぜひご賞味ください。

(2024.2.6)

〔伊藤左千夫の本〕
現在流通しているのは、
やはり「野菊の墓」くらいです。
でも、それらに併録している短篇
(「隣の嫁」もいくつかに
収録されています)を
ぜひ味わいたいものです。

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〔江見水蔭の本〕
青空文庫化されている作品は、
こちらで読むことができます。
プリント・オン・デマンドによる
ペーパーバックが
いくつか登場しています。

〔吉川英治の本〕
吉川英治の「三国志」は、かつて
講談社文庫から出ていたのですが、
現在は新潮文庫版が流通しています。

「宮本武蔵」も
新潮文庫から復刊しています。

角川文庫からも
いくつか復刊しています。
こちらも注目です。

〔「百年文庫」はいかがですか〕

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