「錯覚屋繁盛記」(半村良)

「錯覚」が支配する物語世界と現実

「錯覚屋繁盛記」(半村良)
(「夢の底から来た男」)角川文庫

「夢の底から来た男」角川文庫

「錯覚屋繁盛記」(半村良)
(「暴走する正義」)ちくま文庫

「暴走する正義」ちくま文庫

自分一人がこの世の屑と、
劣等感を噛みしめていた木下は、
ある日、自分に超能力が
備わっていることに気がつく。
それは、相手に錯覚を
起こさせるというものだった。
彼はその超能力を使って
銀行からさりげなく
金を奪っていくが…。

SFにおける超能力といえば、
テレパシーやサイコキネシス、
瞬間移動に未来予知など、
派手なものばかりが登場します。
本作品の超能力は、いたって地味です。
「相手に錯覚を起こさせる」という
ものなのです。
でも、地味でも強力、
政治権力を左右するほどの
影響をもたらすのです。
日本SF小説の一大傑作「戦国自衛隊」
作者・半村良の短篇作品です。

〔主要登場人物〕
木下一郎

…学生時代から影が薄く、
 存在感のなかった男。相手に錯覚を
 起こさせる能力が備わっていた。
塚本高雄
…同窓生・木下の超能力を見抜き、
 銀行から金を巻き上げることを
 提案し、行動する。
月村
…国家の諜報機関JCIAの権力者。
 塚本の義父となる。
 木下をJCIAに強制的に引き入れる。
月村明子
…月村の娘。木下の錯覚の力により、
 塚本と交際を始め、結婚する。
室町律子
…明子の友人。
待田由子
…木下とは大学の同期。
 一郎から着物の裾をめくられたという
 錯覚を与えられ、恥をかく。

本作品の味わいどころ①
「錯覚」できない男・木下の人生

超能力者といえば、
SFではド派手な活躍をするのが常です。
しかし本作品の木下は、
元来地味で目立たず、
「忍者」と綽名されていたくらいです。
能力を身につけても、
思いつくことは
釣り銭をごまかすことくらい。
それが同窓生・塚本の登場によって
大きく変わっていきます。
銀行から大金(といっても
一回の詐取は少額)を詐取し続け、
瞬く間に大金持ちに。
それが国家機関に見抜かれ、
その能力を政権転覆のために
利用されるのです。

彼がもし、自らの超能力に溺れ、
自らも権力の一翼を担うのだと
「錯覚」できたら、
おそらく何不自由なく
生活することができたのでしょう。
しかし彼はそうした「錯覚」のできない
正直な人間であり、
それが不幸を招きます。
周囲の人間の欲望の渦に翻弄される
木下の人生が、本作品の
一つめの味わいどころとなっています。

本作品の味わいどころ②
「錯覚」させる能力の行く末

では、彼は
どのように不幸に陥っていくのか?
「錯覚させる能力」は
地味でありながらも強力・強大であり、
それゆえ敵からは
命を狙われる立場に立たされるのです。
国家諜報機関JCIAは
木下の力をどのように利用するのか?
それこそが本作品の
二つめの味わいどころといえるのです。

本作品の味わいどころ③
「錯覚」が支配する物語世界と現実

そうして迎える終末が、衝撃的です。
追い詰められた木下は、
そこで初めて自分のために、
自分自身に、
その「錯覚」の能力を使うのです。
そして命の終わりに、
この世のすべてが「錯覚」であることに
気づくのです。
「巨大な錯覚であった。
 この世を覆いつくす錯覚であった。
 友情も、愛も、所詮は自分たちが
 生きるためのことでしかない。
 友情や愛の絶対値があるという
 錯覚にとらわれていたのである」

読み手もまた、気づかざるをえません。
この筋書きと同じように、
現実世界もまた「錯覚」の積み重ねで
できているという事実に。
形こそ違えど、
作品内に登場する政治家の権力行使は、
本作品が描かれてから五十年の経つ
現代でもまったく変わらずに
存在します。
世の中が進歩発展しても
豊かさは実感できず、
株価が史上最高値を記録しても
庶民には何ら還元されず、
私たちは「錯覚」を見せられ、
それと気づきながら現実に眼を伏せ、
それらを容認しているに
過ぎないのではないでしょうか。

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さて、超能力があればいいのに、と、
誰しも一度は考えることでしょう。
しかし超能力者は得てして
不幸な死に方をします。
やはり、普通が一番いいのです。
そう改めて実感させてくれる本作品、
ぜひ一度ご賞味ください。

(2024.3.28)

〔「夢の底から来た男」〕
夢の底から来た男
錯覚屋繁盛記
血霊(けつりょう)
自恋魔
わが浅春のE・S・P

※現在絶版中です。
 古書はこちらから。

〔「暴走する正義」〕
公共伏魔殿 筒井康隆
処刑 星新一
戦争はなかった 小松左京
こどもの国 水木しげる
闖入者 安部公房
カンタン刑 式貴士
錯覚屋繁昌記 半村良
革命狂詩曲 山野浩一
市二二二〇年 光瀬龍

〔半村良「戦国自衛隊」〕

〔半村良の本はいかが〕

Mario SchildermansによるPixabayからの画像

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