「帰宅」「小さな弟」「いちばん罪深い者」「ふたりの乞食」「強情な娘」「老人の死」(フィリップ)

誰にも教えず一人でこっそり愉しみたい作家

「帰宅」「小さな弟」
「いちばん罪深い者」「ふたりの乞食」
「強情な娘」「老人の死」
(フィリップ/山田稔訳)
(「百年文庫043 家」)ポプラ社

「百年文庫043 家」ポプラ社

四年ぶりに家に帰ってきた
ラルマンジャは、
何事もなかったかのように
妻や子どもたちに
迎え入れられる。しかし、
その後にやって来た
かつての知り合い・
バディストの、
いかにも落ち着き払った
様子から、彼は
事情の一切を理解する…。
「帰宅」

〔登場人物〕
ラルマンジャ

…借金を背負い、家出をした。
 四年ぶりに帰宅する。
バディスト・ロンデ
…ラルマンジャの友人。大工。
 兵役仲間だった。
アレクサンドリーヌ
…ラルマンジャの元妻。
 現在はバディストと再婚している。
アントワネット
…長女。十三歳。
リュシアンマルグリット
…アントワネットの二人の弟。

三人の作家による一人一作の
アンソロジーである百年文庫
例外的に第43巻のフランスの作家
シャルル=ルイ・フィリップは、
短篇作品6編が収められています。
やりきれない悲しさを帯びた
作品もあれば、
ほのぼのとした明るさに満ちた
作品もあるのですが、
共通しているのは
「帰る」ということでしょうか。

子どもたちが
学校からもどってみると、
産婆のビュヴァ婆さんが
来ていた。
今夜はブーテ小父さんのところで
泊まるよう、子どもたちは
父親から言い渡される。
両親は旅行に出
かけるのだという。でも、
長女のジュリーは覚えていた…。
「小さな弟」

〔登場人物〕
ラルディゴー

…子どもたちの父親。
 妻の出産に伴い、
 四人の子どもを他家に一晩預ける。
ジュリー
…ラルティゴーの長女。十歳。
エマニュエルヴィクトルアリス
…ジュリーの弟・妹。
ブーテ小父さん小母さん
…子どもたちが預けられた家の夫婦。
 パン屋。
ルイエマオーギュスティーヌ
…ブーテ夫妻の子どもたち。
ビュヴァ婆さん…産婆。

「帰宅」は文字どおり
家に「帰る」のですが、
家出して四年ぶりの帰宅ですので、
一波乱あって当然です。
何事も四年前と同じようにみえて、
決定的に違うのです。
短篇ながら、
帰る場所を失った哀しみが
行間から滲み出ている作品です。

一方の「小さな弟」は、
出産に伴って一晩預けられた
四人の子どもたちの中の、
長女ジュリーの、
一足早い帰宅の様子が描かれています。
「なぜ自分たちが
預けられたのか」に気づき、
ブーデ小父さんの家を飛び出した彼女の
いてもたってもいられない気持ちが
よく伝わってきます。

日曜日の午前中から
居酒屋で盛り上がっていた
ペティパトン、ボルドー、
ロメの三人は、
酔った勢いで教会へと入り込む。
だが神父の説教の最中、
酩酊していたペティパトンは
叫び出す。
「いちばん罪深い者、
そりゃあ、わしですよ」…。
「いちばん罪深い者」

〔登場人物〕
アンリ・ペティパトン

…木靴職人。ボルドー、ロメとともに
 酩酊状態で教会のミサに参加し、
 失態を演じる。
ボルドー…鍛冶屋。
ロメ…錠前屋。
アネット…ペティパトンの女房。

三作目「一番罪深い者」は、
もとの状態に「帰る」ことでしょうか。
教会のミサの最中に
酔っ払った状態で暴言を吐くなど、
当時簡単に許されることではなく、
それなりの処罰を
覚悟しなければならなかったと
考えられます。
しかしペティパトンは、白葡萄酒一本で
神父・司祭を
上手に丸め込んでしまうのです。
ペティパトンの人の良さが光ります。

年に二度、町を訪れる
乞食のサンテュレル老夫婦を、
人々はみな心待ちにしていた。
だが、ある年の春、
やってきたのは
婆さん一人だけだった。
聞けば、
爺さんはなくなったのだという。
彼女は物乞いをするのも
これを最後にすると…。
「ふたりの乞食」

〔登場人物〕
サンテュレル爺さん婆さん

…年二回、町を訪れる乞食の老夫婦。

第四作「ふたりの乞食」は、
いつも町に「帰っ」てくる老夫婦の、
最後の訪問を描いた作品です。
夫は目が不自由であるために
乞食を生業にしている、
でも夫がなくなった今、
自分は体が不自由でない以上、
物乞いはもうしない、という
ことなのです。

授業の暗唱で失敗し、
罰を言い渡されたジュリー。
ラムルー先生の仕打ちを
不当だと感じた彼女は、
賞状授与式での音楽指導の役割を
拒否する。
先生は自分だけの力では
生徒に歌を教えることが
できなかったのだ。
頑ななジュリーは…。
「強情な娘」

〔登場人物〕
ジュリー

…教師の仕打ちを不当と感じ、
 他の生徒への歌唱指導の役割を
 ボイコットする。
ラムルー
…暗礁を間違えたジュリーに
 罰を与える。

第五作「強情な娘」は、
その性格が災いして、
あるべき状態に「帰る」術を見失った
少女の物語です。
確かにラムルー先生の処罰は
不当であり、それに拒否反応を示す
ジュリーの姿には共感できます。
しかし現実の世の中では
それでは収まらず、
どこかに妥協点を見出し、
折り合いをつけ、あるべき状態に
ソフトランディングしていくことが
求められるのです。
最後の場面で、
母親に叩かれることによって
「帰っ」てきたことを実感する
ジュリーが清々しい限りです。

妻を亡くした
テュルパン爺さんは、
何をする気にもなれなかった。
椅子に腰掛けて
うなだれている姿勢が
最も落ち着くと、彼は気づく。
そうしていると
さまざまな思い出がよみがえり、
生前の絆が
再び結びついているような
気がして…。
「老人の死」

〔登場人物〕
テュルパン爺さん

…妻を亡くし、深く落ち込む。
テュルパン婆さん
…七十四歳で寿命を全うする。

最後の「老人の死」は、
妻を亡くした夫が、
あの世の妻のもとへと
「帰る」物語といえます。
妻の死からわずか五日後です。
生前の二人の仲については
まったく描かれていないものの、いや、
だからこそ、二人の結びつきの強さが
うかがえる素敵な作品となっています。

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今日のオススメ!

六編とも掌編ながら
しみじみとした味わいです。
こんな作家がいたとは驚きでした。
いい作品を広く紹介したいと
いつも思っているのですが、
このフィリップだけは
誰にも教えないで
一人でこっそりと愉しみたいと思う
作家の一人です。
ぜひご賞味ください。

(2024.4.2)

〔フィリップの作品について〕
フィリップは1908年から
09年までの間に、
新聞紙上にて49の短篇を発表、
それらは「小さな町で」と
「朝のコント」に分けて出版されました。
かつて岩波文庫から淀野隆三訳で
「小さき町にて」「朝のコント」として
出版されていましたが、
すでに絶版となっています。
2003年にみすず書房より単行本
「小さな町で」が刊行されましたが、
そちらもすでに絶版です。
古書か電子書籍を探すしかない
状態です。

〔「百年文庫043 家」〕
帰宅
小さな弟
いちばん罪深い者
ふたりの乞食
強情な娘
老人の死
 フィリップ
甚七南画風景 坪田譲治
みかげ石 シュティフター

〔百年文庫はいかがですか〕

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