「本と私」(鶴見俊輔編)

本は人とともにあり続ける

「本と私」(鶴見俊輔編)岩波新書

本は、今までの歴史の
終わりに立たされている。
本は今、人気がない。
敗戦後、出版社の前に
行列ができたころにくらべて、
今は本に打ちこむ人が少ない。
この時に、「本と私」という題で、
八一八篇が集まったということに
おどろいた…。

鶴見俊輔氏といえば、
哲学者であり評論家、
進歩的文化人であり
日本屈指の読書家として知られている
人物です。
そんな氏が「本と私」なる新書本を
編んだとすれば、自身の高度な読書術、
もしくは哲学的読書案内だろうと思って
購入した(二十年前)記憶があります。
当時、読みはじめて唖然としました。
氏が書いたのは「まえがき」の11頁のみ。
あとは岩波書店編集部が募集した
一般の方からの原稿十九篇から
つくられた本だったのです。

〔本書の構成〕
本という自分 編者まえがき
遠い日の記憶
 先生が泣いた
 人間は皆ひとつ
 旧満州の記憶
 戦火の中の一冊
読書、その多様なかたち
 「飲み友達」から「読み友達」へ
 旅する私と本の仲
 病床読書
 拡大読書器と録音テープ
本とともに広い世界へ
 夫をわが家の主夫にさせた本
 「百まいのきもの」
 沖縄に「沖縄本」を運んだ話
 本と子どもに囲まれる幸せ
 本の中の〈ワクワク〉を求めて
本を書く、本をつくる
 人生の足跡を何に残すか
 もうひとつの至福の時間へ
 社会的記憶装置としての図書館
この人に魅せられて
 〈漱石中毒者〉の執念
 寺田寅彦の自装本
 稲造さま、ありがとう

本書の味わいどころ①
本は私たちに「幸せ」を運ぶ

十九篇を読んで改めて感じるのは、
本が私たちに
幸福をもたらすということです。
本にまつわる美しい思い出や
本が人生の転機をもたらした話が
数篇あり、
心が温かくなる思いがしました。
「戦火の中の一冊」では、
戦時下に「巌窟王」(デュマ)を
母子でむさぼるようにして読んだこと、
空襲によって
それが無残な姿になったものの、
それが捨てられずに
大切に保存されていたこと、
新たに買い求めた二代目「巌窟王」が、
子や孫へと読み継がれたことなどが
紹介されています。
一冊の本が、家族を支え、家族を救い、
また次の世代へと受け継がれる。
本はときに思いもかけない力を
発揮するものなのです。
本は私たちに「幸せ」を運ぶ。
それを改めて確認することこそ、
本書の第一の味わいどころです。
しっかりと味わいましょう。

本書の味わいどころ②
本は人を広い世界へと導く

本は読んだ人間の視野を広くし、
その人間を新しい世界へと導きます。
人生の大きな転機を迎えたとき、
そこにきっかけとなった本があった。
そんな素敵な話題も
いくつかありました。
「夫をわが家の主夫にさせた本」が
秀逸です。
その「本」は「夫」が読んだのではなく、
「私」が読んだトルコに関わる本。
筆者はその本に出会い、トルコ語を
習得しただけでは飽き足らず、
なんとトルコに二年間留学する
(しかも五十代で!)だけ
突き動かされるのです。
その期間、「夫」が「主夫」となり
一家を守るという、素敵な家族の
在り方が紹介されています。
本には、人間を突き動かすエネルギーが
満ちあふれているのです。
本は人を広い世界へと導く。
それを改めて認識することこそ、
本書の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本書の味わいどころ③
本は人とともにあり続ける

電子書籍の登場、出版業界の不況、
リアル書店の激減等、
本は急速に私たちの生活から
姿を消そうとしています。
しかしそれでも
本は人とともにあり続ける、
そう信じることができるエピソードも
いくつかありました。
特に「本を書く、本をつくる」に編まれた
「人生の足跡を何に残すか」
「もうひとつの至福の時間へ」
「社会的記憶装置としての図書館」の
三篇は示唆に富んでいます。
「本を読む」という受け身の姿勢
(狭い意味での)から
「本をつくる」という立場への
大逆転の試みは刺激的でした。
いずれも本を
さらに魅力的なものとするための
大胆な試案を提示しています。
こうしたことが
社会に広く浸透していけば、
「本」というメディアは廃れることなく、
私たちの生活も
本当の意味で豊かなものに
なっていくに違いありません。
本は人とともにあり続ける。
それを改めて意識することこそ、
本書の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

本書の「前書き」に、
応募点数八一八篇の年齢別作品数が
載っていました。以下の通りです。
 10代 4
 20代 30
 30代 77
 40代 109
 50代 134
 60代 183
 70代 206
 80代 41
 90代 8
 不明 26
本書出版(2003年)からすでに
二十年以上が経過しました。
2025年の現代、
同様な企画を立てたとき、
いったいどのくらいの応募があるのか、
そして若い層からは
どれくらいの反応があるのか、
興味があります。
すでに絶版となってしまった
本書ですが、
その価値はまだまだ減じていません。
古書を探してぜひご賞味ください。

(2025.7.28)

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