「同時代のこと」(吉野源三郎)

時空を超えて私たちに迫ってくる吉野の問いかけ

「同時代のこと」(吉野源三郎)岩波新書

関心の強度こそ
人間の人間としての
実在性を支える
内延量にあたるものであって、
社会的・歴史的現実というものも、
この関心にもとづく
私たちの切実な
願望や行動に対する
非情の抵抗として、
その露わな姿と力を
示して来るのである…。

多くの人に読み継がれてきた
名作「君たちはどう生きるか」
子ども向けに
編まれたものでありながらも
民主主義の理想や人権意識、
人間平等の哲学に貫かれた、
崇高な文学作品として成立している
良書です。
作者・吉野源三郎
本業がジャーナリストであるため、
創作としてはこの
「君たちはどう生きるか」一冊だけしか
遺していません。
吉野の書いた評論・批評を
なんとかして読みたいと思い、
見つけたのが本書です。

〔本書の構成〕
同時代のこと―序に代えて
ヴェトナム戦争を忘れるな
終戦の意義とヴェトナム戦争
ヴェトナム反戦ストライキの意義
ヴェトナムを忘れるな
モスクワ会談と現実主義
一九七二年三月三十日以後
一粒の麦

本書の味わいどころ①
「君たちは…」の思想の背景を探る

本書の主旨はヴェトナム戦争への
評論となっています。
「君たちはどう生きるか」とは
描かれる対象がまったく異なるように
見えるですが、
そこに共通しているのは
高い人権意識と民主主義の重視という
吉野の強い信念であることが
わかるはずです。

本書では、
日本社会が生み出したファシズムと
それによって引き起こされた
戦争に対する反省から、
吉野は民主主義の再建を
強く訴えています。
民主主義の根底にあるのは
人間の権利の思想であり、
個人の尊厳の重視にほかなりません。

その思想の基盤は、
やはり「君たちはどう生きるか」に
色濃く表れているものなのです。
貧しい友人・浦川君が
豆腐屋で働く姿を見て、
叔父さんが語る
「働く人たちこそ、この世の中全体を
担っている」という台詞は、まさに
吉野の考えそのものなのでしょう。
そして「油揚げの匂いが染みついた服は
誇りであって、恥ではない」とする
描写は、
人権意識の強い表れと考えられます。
労働者や弱者への共感を通じて、
子どもたちに
人権意識を育てようとしたのでしょう。

それ以外にも、
「君たちはどう生きるか」に含まれている
豊富なテーマ
「社会科学的な視点を持つことの重要性」
「自己責任と倫理的成長の必要性」
「教養と自由な思考の重要性」
「民主主義的な人間関係の構築の必要性」
など、その多くが
本書と強くつながっているのです。
このように、名
作であり傑作かつベストセラーとなった
「君たちはどう生きるか」と対比し、
その思想の背景を探ることこそ、
本書の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本書の味わいどころ②
歴史への主体的な関わりを考える

吉野は本書において、
戦前の国家主義や軍国主義の問題点を
明確に指摘し、
それを強く批判しています。
ただしそれは、
後の世を生きる人間としての
他者視点ではなく、
あくまでも同時代の一員としての
当事者目線で発せられたものなのです。
本書に書かれてある内容は
軍国主義批判と
ヴェトナム戦争批判なのですが、
その「同時代を生きる」者の視点は、
現代の私たちに
そのまま当てはまるものなのです。

ウクライナやパレスチナで
現在も戦争が続いています。
それに対して明確に
ロシアやイスラエル、
そしてその支援国アメリカを
明確に批判しないのは、
はたして正しいことなのか?
米国での移民排除の流れに
呼応するかのように、日本でも
外国人排斥を掲げる政党が登場し、
議席を伸ばしているという現状を
どう考えるべきか?
単純な問題ではないことは承知しつつ、
吉野の問いかける
「同時代の歴史を生きるとは
どういうことか」を考えたとき、
複雑な心境に陥ります。
歴史は自分とは無関係などこかを
流れているのではなく、「歴史は
自らの行動とともにある」のです。

本書は間違いなく「歴史への
主体的な関わりを促す書」なのです。
本書に書かれてある吉野の歴史認識と
現代とを照らし合わせ、
読み手が自らの行動と思想の関係を
問い直すことこそ、
本書の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本書の味わいどころ③
吉野の提示した問いかけに応える

本書を読んで痛切に感じるのは、
吉野の強い筆致です。
もし吉野が本書の内容を
口述したとしたら、
その口調はかなり激しいものと
なっていたはずです。
しかしそれは
決して一方的な主義主張の押しつけには
なっていません。
読み手の思考を強く迫っているのです。

日本において民主主義が
正しく機能しているかどうか、
吉野は強く問いかけます。
人権尊重の意識がしっかりと
日本国民に根付いているかどうか、
吉野は強く問いかけます。
戦後日本が再出発にあたって
必要と考えた「教養ある市民」が
育っているかどうか、
吉野は強く問いかけます。
戦勝国が平和を破壊する行為に
及ぶことがないように、
平和憲法を制定した国として
正しくそれらを
監視できているかどうか、
吉野は強く問いかけます。
本書はまさに、
戦後を生きる私たちへ
社会的覚醒を促そうとする、
圧倒的なエネルギーを内包した
評論なのです。
本書を通じて、
時空を超えて私たちに迫ってくる
吉野の問いかけに、
読み手自身が自らの言葉を持って
応えようとすることこそ、
本書の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

読み終えると、
「生き方」を根本から
確かめ直さなければならない気持ちに
させられます。
このような良書が、
現在では絶版となっているのが
残念でなりません。
古書はいくつも
流通しているようですので、
ぜひご賞味ください。

(2025.8.4)

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