
百谷弁護士の活躍場面はどこ?
「誘拐」(高木彬光)角川文庫
悪徳金融業者・井上の一人息子が
誘拐される。
警察が捜査を進めるが、
その中で井上家のスキャンダルが
次々に発覚していく。
犯人の用意周到な手口に
翻弄される捜査陣。
まったく手がかりのないまま、
事件は終結したかに見えたが…。
高木彬光の百谷弁護士シリーズ
第三作です。
第一作「人蟻」で知り合った
百谷泉一郎・大平明子の二人は、
本作ではすでに夫婦となっています。
若手敏腕弁護士の妻として
若き天才的相場師という設定は
異色です。
しかしその夫婦が
絶妙のコンビネーションを発揮するのが
本シリーズであり、
その中でも本作品は
それが際立っている一作なのです。
〔主要登場人物〕
※描かれている事件は
「木村事件」「井上事件」の
二つの誘拐事件。
「彼」
…井上事件の犯人。戦史マニア。
木村事件の裁判を傍聴し、
自身の誘拐計画を練る。
※法曹・捜査関係者
百谷泉一郎
…弁護士。奇妙な縁で、
井上事件の犯人捜しに乗り出す。
百谷明子
…泉一郎の妻。
株の売買において天才的手腕を発揮、
兜町で「女将軍」の異名を持つ。
愛称「ペリ」。
島源四郎
…東邦秘密探偵社の調査部長。
百谷夫妻から井上事件の捜査を
依頼される。
曾根俊子…源四郎の部下。「彼」と接触。
江島詮蔵…木村事件の担当弁護士。
森山敏孝…警視庁捜査一課長。
榎本詮三…警視庁警部補。
島田和彦
…東邦医大精神科教授。
木村事件の精神鑑定を担当。
近藤昌一
…井上事件で通報を受けた警察官。
宮下・菊池・深谷・加田・須藤・
加藤・矢田部・千葉・今井
…警視庁捜査一課刑事。
丹下辰夫…井上事件の担当弁護士。
※木村事件関係者
木村繁房
…誘拐事件(木村事件)を引き起こし、
逮捕。公判中。30歳。
歯科医師だった。
木村よし子…繁房の妻。
深野時子…繁房の愛人。
水野志津子…繁房の愛人。
尾山義一
…木村事件の被害者。小学校二年生。
殺害された。
尾山敏幸…義一の父親。
尾山たか子…義一の祖母。
※井上事件関係者
井上節夫
…井上事件の被害者。8歳。
井上雷蔵
…節夫の父親。67歳。井上金融社長。
多くの人間から恨まれている。
井上妙子
…節夫の母親。雷蔵の後妻。33歳。
井上卓二
…雷蔵の腹違い(妾腹)の弟。37歳。
島崎光子
…妙子の妹。井上家で同居。
島崎もと子
…妙子・光子の母親。
広津保富
…光子の婚約者。百谷の友人。
百谷に雷蔵・妙子の離婚調停を依頼。
河守良夫・谷岡友義
…井上金融社員。
朝比奈隆一
…雷蔵の秘書。妙子と不倫。
山本稲子・時田英子・清水晶子
…雷蔵の愛人。
丸根欽司
…雷蔵・卓二の又従兄弟。
井上金融の金を横領し解雇。
原浩一
…かつて妙子と関係のあった男。画家。
岡山敏雄
…かつて妙子と関係のあった男。
建築設計家。
丘たみ子
…岡山敏雄の恋人の一人。
犯人の策略により、自覚のないまま
身代金の受け渡し役を演じる。
〔本作品の構成〕
プロローグ
第一部 裁判
第二部 犯罪
第三部 波紋
第四部 投機
本作品の味わいどころ①
謎の誘拐犯「彼」の正体はだれ?
本作品の構成は特殊です。
描かれているメインの犯罪は
「井上事件」であり、
その犯人「彼」が自身の犯罪計画を
完璧なものとするために取材した
(裁判を傍聴した)のが
「木村事件」なのです。
その木村事件裁判に、
第一部を丸々あててているという
念の入れようです。
裁判の傍聴を通して
犯人・木村繁房の失敗を検証し、
自らの犯罪計画に生かすという
恐るべき犯罪者「彼」。
第二部以降は「彼」の犯罪が
実行に移されるのです。
この希代の犯罪者「彼」の正体は
いったい誰なのか?
それを考えることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
捜査陣が失敗続きなのはなぜ?
木村事件の公判が続いている間に、
「彼」による
井上事件が開始されるのです。
同じ東京で起きた事件、
しかも時間的にあまり経過していない
時期であり、木村事件の捜査関係者が
そのまま井上事件に対処します。
当初、木村事件の模倣と思われた
事件でしたが、
ことごとく捜査陣はその裏をかかれ、
犯人にたどり着くことは
できないのです。
まるでジュヴナイルの
「怪人系」犯罪者のように感じられます。
しかしそれは「罠」なのです。
作中の捜査関係者も、読み手も、
作者が仕掛けた巧妙な「罠」に
まんまとかかり、
ミスリードさせられているのです。
この捜査陣の打つ手が
次々と失敗していく理由を
解き明かすことこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
百谷弁護士の活躍場面はどこ?
百谷弁護士シリーズの
一作でありながら、
百谷泉一郎はなかなか登場しません。
第一部の最終場面(P.84)に
チラリと姿を現したのですが、
以降は筋書きには絡みません。
再登場はなんと第四部(P.315)。
それまでは誘拐犯「彼」と捜査陣の
息詰まる攻防戦となっているのです。
ようやく泉一郎が登場するのですが、
彼の役割は何なのか?
裁判の中で被告の無実を実証する、
もしくは事件の悲しい背景を探り出して
被告の刑を軽くするのが
ミステリにおける
弁護士の役割であるはずです。
ところが本作品では、
そもそも犯人はまだ捕まっていない、
その犯行は冷酷無比、
百谷弁護士はこれをどう弁護するのか?
できるはずがありません。
実はなんと「彼」の正体を暴き出すのが
今回の泉一郎の役割であり
活躍なのです。
弁護士である泉一郎は、
いかにして井上事件と関わり、
その犯人を告発するのか?
それこそが作者・高木彬光の創り上げた
筋書きの妙であり、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
一通り読み終えると、
その緻密な構成に驚かされます。
第一部に木村裁判の経緯を
使っていることが、その後の展開に
絶妙な効果を上げています。
主人公・百谷夫妻は
全400頁超のラスト100頁で、
怒濤のような活躍を見せ、
事件は急展開、見事に最終場面へと
突き進んでいきます。
しかも犯人逮捕で幕切れとせず、
拘留された犯人と事件担当弁護士
(百谷ではなく国選弁護人・丹下)の
接見の場面が描かれ、
犯人の犯罪計画のさらなる周到さと
その性格の異常さを
浮き彫りにしています。
細かな部品を
一つ一つ積み上げてつくられた
精密機器のような構成の
作品となっているのです。
それにしても
高木彬光のミステリは面白い!
乱歩・横溝の二巨人が築き上げた
「探偵小説黄金期」に
やや遅れて現れたのが災いしたのか、
二人に比べて影が薄すぎます。
しかしその作品群は、決して
乱歩・横溝に劣ってなどいません。
二人の持っていた浪漫性は
かなり薄まっているのですが、その分、
現代にも通じる
普遍性をもっているのです。
今こそ高木彬光を再評価する時期だと
感じます。
紙媒体では流通していないのですが、
ぜひご賞味ください。
(2025.8.11)
〔関連記事:高木彬光ミステリ〕



〔高木彬光の本:角川文庫〕

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