
語り手「私」による法廷実況中
「破戒裁判」(高木彬光)角川文庫
裁判を劇にたとえるなら、
その主役は、
ほとんどすべての場合が
被告人である。
ただ、この〈破戒裁判〉だけは、
私も主役が弁護人だったと
認めないわけにはいかない。
百谷泉一郎弁護士の
はたした役割は、
末恐ろしさを感じさせる…。
高木彬光の
百谷泉一郎・明子夫妻シリーズの
第二作となります。
第一作「人蟻」で
絶妙なコンビネーションを見せた
二人ですが、本作品ではすでに結婚し、
夫婦となっています。
もちろん百谷泉一郎が
大活躍するのですが、
それを陰で支えているのが
天才相場師でもある妻・明子なのです。
さて、どんな活躍が見られるか?
〔主要登場人物〕
※報道関係者
「私」(米田友一)
…語り手。裁判関係担当の新聞記者。
事件の裁判を傍聴、取材する。
塚田允行
…「私」の同僚・社会部記者。
四日目の公判から参加。
※法曹関係者
百谷泉一郎
…弁護士。国選弁護人として
「破戒裁判」を担当する。
百谷明子
…泉一郎の妻。「破戒裁判」の
弁護のための調査費用を捻出する。
吉岡鋭輔
…判事。「破戒裁判」の裁判長を務める。
中川秀雄・小清水俊一
…判事。「破戒裁判」を担当する。
天野秀行
…検察官。「破戒裁判」の担当検事。
※事件関係者
村田和彦
…裁判の被告人。二人の人間の殺人と
死体遺棄の罪で起訴される。
本人は一件の死体遺棄を認めるが、
他は否認する。元新劇俳優。
東条憲司
…第一の被害者。
村田和彦がその殺害・死体遺棄の
容疑者となっている。
東条康子
…憲司の妻。第二の被害者。
やはり村田がその殺害・死体遺棄の
容疑者となっている。
村田と不倫していた。
津川広基
…康子の再従弟。第二の犯行の日、
村田と康子の二人を目撃。
伊藤吉郎
…検察側証人。
事件の捜査を担当した警部。
小島重三・今野荒樹・奥野徳蔵・
井沼鏡子・鶴田新作・岡とも子・
東条誠司・船橋玄一
…検察側の証人。
星暁子・伊藤京二・内藤より子
…弁護側の証人。
本作品刊行は1961年。
その段階で日本には法廷ミステリは
ほとんど存在していませんでした。
法廷ミステリ執筆には、それなりに
難しい要素があるのでしょう。
以下の点が考えられます。
⑴リアル・タイムで
事件が進行することはなく、
すでに起きた事件の謎を
いかに暴いていくかという、
限定的な展開になること。
⑵検事に焦点を当てても
その捜査は警察のそれと大差なく、
弁護士視点に立っても
捜査方法が限定的で
真相解明の手段が限られ、
筋書きの幅が広げにくいこと。
⑶法廷が厳粛な場であり、
効果的な場面設定が難しいこと。
実はそうした課題を
すべてクリアしたのが本作品であり、
それがそのまま
味わいどころとなっているのです。
本作品の味わいどころ①
語り手「私」による法廷実況中継
本作品は、法廷記者「私」を語り手とし、
その傍聴記録となっています。
それによって本作品は
冒頭から結末まで、
ほぼ法廷場面のみとなっているのです。
捜査過程を回想する場面もなく、
弁護士と被告の接見場面もなく、
弁護士が逡巡しながら
弁護方針を思考する場面もなく、
ただただ法廷場面が続きます。
ところが読み始めると
頁をめくる手を止めることが
できなくなるほどの面白さです。
一つは法廷記者の目線が
読み手のそれと一致し、
あたかも読み手自身が
法廷の傍聴席に居合わせたような
リアルな感触を
得られることにあります。
「私」の目から見た検事の執拗な追究、
何かあると思わせる(期待させる)
弁護士・百谷の尋問、
そして終末の場面の
たたみかけるような百谷の最終弁論、
それらが読み手の目の前に
圧倒的な説得力を持って
迫ってくるのです。
そしてこれによって
法廷ミステリの難点⑶を、
本作品は見事に解決しています。
この、語り手「私」による
法廷実況中継ミステリという
作品構成こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
天才相場師明子の隠れた大活躍
本作品は「百谷夫妻シリーズ」の
一作です。
知らない方が聞くと、
夫婦で弁護士をしているのかと
勘違いされそうですが、
妻・明子は弁護士でもなければ
法曹関係者でもありません。
生まれついての
株式相場の天才なのです。
ではその役割は?
ズバリ、
夫・泉一郎の捜査費用の捻出なのです。
大手企業からの民事裁判であれば、
ある程度大きな額の
弁護費用が見込めるでしょう。
しかし刑事裁判の国選弁護人となると、
その額はたかがしれています。
警察・検察の捜査で
見落とされている証拠を
新たに発見するなど
到底不可能なのです。
正義の実現のために
心血注いで弁護にあたる夫を、
妻である明子が資金面から支える。
それによって法廷ミステリの難点⑵を、
本シリーズは解消しているのです。
この、天才相場師明子の
内助の功をはるかに超えた、
隠れた大活躍こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
弁護士百谷泉一郎の大逆転勝利
被告の村田和彦は、
二人の人間の殺人と死体遺棄の罪で
起訴されたのですが、
彼は一件の死体遺棄を認めたものの、
他は否認するのです。
主役は正義の弁護士・百谷ですので、
クロをシロとしてねじ伏せるような
展開になるはずがありません。
被告の三件の訴因について
無罪を勝ち取り、残り一件については
最大限の情状酌量を願い出る、
その結末に
当然ならなければなりません。
当然なります。
しかし読み始めの段階では、
語り手「私」も、そして読み手も、
それは不可能ではないかという
疑念に駆られます。
なぜなら被告の冤罪を晴らすには、
真犯人を見つけ出し、
逮捕する必要があるからです。
弁護人には(その費用があるのであれば)
犯人指摘はできうるものの、
逮捕はできないのです。
ところが本作品は、
それを可能にしました。
そういう手段を
作者・高木彬光が見つけ出し、
本作品に練り込んでいるのです。
全313頁の本作品は、
255頁で百谷が真犯人を告発、さらには
303頁においてその決定的証拠を開示、
被告の弁護のとどまらず、
事件の真相を解明し、
真犯人をあぶり出すという
本格ミステリとして
成立しているのです。
つまり、法廷ミステリの難点⑴を、
完璧なまでに克服しているのです。
その詳細についてはぜひ読んで
確かめていただきたいと思います。
この、
弁護士百谷泉一郎の大逆転勝利こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
というわけで、
法廷ミステリの課題を
すべて見事にクリア、しかも
弁護士・百谷泉一郎の実力と
天才相場師・明子の魅力が全開となった
傑作が誕生したのです。
表題「破戒裁判」(「破壊」ではない!)の
名の通り、部落問題を下地とした、
社会問題告発という側面も
持ち合わせています。
味わい深い本作品を、
ぜひご賞味ください。
(2025.8.12)
〔関連記事:高木彬光ミステリ〕



〔高木彬光の本:角川文庫〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】







