
家族の抱える「分け方の難しさと悲しさ」
「悲しき配分」(鷹野つぎ)
(「百年文庫081 夕」)ポプラ社
「家を空っぽにも
できませんでしょう。」
然う云ったが、
ひとりでに彼の女の眼には、
自分のこの言葉を
哀しむ涙がにじみ上ってきた。
それは当然のことではないか。
恐らく其の時、
自分は彼等と楽しみを
等しくする事はできないで…。
筋書きに大きな展開がないため、
本作品の主題に関わる終末の
重要な場面の一節を抜き書きしました。
単身赴任中の夫が帰宅し、
子どもたちに実家への帰郷を提案する
夫に対しての妻(主人公)の返答です。
味わいどころも
まさにこの一点に集中しています。
鷹野つぎの代表作「悲しき配分」です。
〔登場人物〕
桂子
…単身赴任の夫と
三人の子どもを持つ女性。
「夫」…桂子の夫。単身赴任中。
龍雄…桂子の息子。長男。
静雄…桂子の息子。次男。
光子…桂子の娘。末っ子。
本作品の味わいどころ①
「現実」とそこからの「逃避」と
夫が単身赴任で不在であり、
家事を切り盛りしながら、
育ち盛りの子ども三人を
桂子一人で育て上げているのです。
今でいうワンオペ状態です。
我が儘し放題、わんぱく盛りの
ありがちな風景が
描かれているのですが、
母親・桂子の心情は、
読み手の感覚以上に
汲々としているようすが感じられます。
桂子の心理的負担の大きさが
感じられます。
その原因の一つは
経済的な面にあることは
間違いなさそうです。
それを指し示す
具体的な文言こそありませんが、
桂子の家計は
なかなかに苦しかったのでしょう。
だからこそ、
子ども三人分の新しい洋服一式を
土産に持ってきて、
すでに寝ている子どもたちを
起こしてまで
それらを披露した夫に対して、
桂子はおよそ現実的でないものを
感じ取ったのでしょう。
苦しい「現実」に向き合うべきか、
それとも夫とともに
楽しい夢を見て
そこから一時でも「逃避」するか。
その結果としての
「家を空っぽにもできませんでしょう」と
考えられます。
夫の突然の提案は、桂子にとっては、
生活の基盤を揺るがす
非現実的な提案としか
思えなかったのでしょう。
そうした「現実」とそこからの「逃避」の
「配分」に戸惑う桂子の心情こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
家族における「愛情」と「責任」
子どもたちの世話、家計の管理、
日常の維持。
桂子はそうした母親としての役割を
背負いすぎています。
夫の不在中のワンオペ育児ですから、
そのような心境になるのも当然です。
したがって「家を空にする」という
発想そのものが、彼女の心の中では
成立しないのでしょう。
一方、夫の側から見たとき、
子ども三人の新しい洋服、
それも下着を含めて
すべて一式を買いそろえた上での
帰郷の提案です。
そこには現状を変えたいという思いが
見え隠れしています。
しかしその提案は、
具体的な計画とはなっていないのです。
「何かが変わる」という期待だけが
上滑りしているようにも思えます。
妻・桂子には、
そうした夫の「期待」に応える
精神的物理的余裕が
なかったのでしょう。
桂子は夫の気持ちを理解しつつも、
夫の願いを叶えることもできない、
子どもたちの問題を
解決することもできない、
家計の苦しさもどうにもならない、
そうした葛藤に
さらされているといえます。
そしてその結果としての
「家を空っぽにもできませんでしょう」
なのです。
母親としての「責任」と、
夫と子どもに注ぐべき「愛情」が
完全に衝突している桂子の心情こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ③
具体的な「母」、象徴的な「父」
登場人物を整理したとき、
気づかされるのは、
桂子を含め、三人の子どもたちには
明確に名前が与えられているのに対し、
夫には固有名が付されていないのです。
作中には「夫」「父親」としか
記されていません。
登場人物の中で、作者はあえて
彼の輪郭だけをぼやかしているのです。
夫は個人としてではなく、
一つの「役割」として
描かれているのです。
桂子の目線で見たときの
「役割化された夫」。そこには
愛情がもはや希薄化してしまったことが
うかがえます。
だからこそ、
子どもたちに我慢を強いてきた桂子は、
「うんと良いもの」を惜しげもなく
買い与えている夫に対して、
冷めた視線を送っているのです。
夫や子どもたちと一緒に喜べない桂子の
孤独な心情が痛いほど感じられます。
具体的な桂子と対照的に描かれる
象徴的な「夫」、
その表現が示す桂子の心情こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
家庭という場は、
誰がどれだけ負担を持つか、
誰が誰を支えるか、
誰が誰に寄りかかるか、
その「配分」が常に揺れ動きます。
これらをどう配分しても、
誰かが満たされず、誰かが傷つく。
それは時に不公平で、時に残酷です。
桂子はその「配分の不可能性」に
苦しんでいるのです。
「悲しき配分」という表題は、
家族という共同体が避けられずに抱える
「分け方の難しさと悲しさ」そのものを
象徴していると読めるのです。
本作品で鷹野つぎという
作家の存在を知りました。
展開の激しい現代のエンタメ的文学に
浸ってしまった方が読んだ場合、
何を書いているのか
まったく意味不明に感じられる
可能性すらある、
起伏の少ない筋書きです。
しかしそこには
女性の複雑で悲しい心情が
鮮明に描きこまれています。
ぜひご賞味ください。
(2026.2.9)
〔「百年文庫081 夕」〕
悲しき配分 鷹野つぎ
家の中 中里恒子
入江のほとり 正宗白鳥
〔鷹野つぎの作品について〕
本書以外に、
鷹野つぎの作品を収録した書籍は
現在流通していません。
青空文庫でも、以下の四作品しか
読むことができない状況です。
「草藪」
「時」
「窓」
「虫干し」
〔関連記事:「百年文庫」〕



〔「百年文庫」はいかがですか〕

【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】







