「杯」(森鷗外)

まるで暗号文で書かれたかのような

「杯」(森鷗外)
(「山椒大夫・高瀬舟」)新潮文庫

「山椒大夫・高瀬舟」新潮文庫

「杯」(森鷗外)
(「森鷗外全集2」)ちくま文庫

「森鷗外全集2」ちくま文庫

清冽な泉に、
おそろいの浴衣を着た
七人の少女が集う。
彼女達はみな
「自然」と書かれた銀の杯で
泉を汲んで飲む。そこへ、
黄金色の髪の少女が現れる。
彼女の杯は土の器。
「あたいのを借そうかしら」と
一人が憐れみをかけたとき…。

それにしても森鷗外の作品は、
まるで暗号文で
書かれたかのようなものが
少なくないと感じます。
本作品もしかりです。
憐れみの声をかけられたそのとき、
第八の乙女は
「わたくしの杯は
 大きくはございません。
 それでも、わたくしは
 わたくしの杯で戴きます」

といい、凜とした態度で
水を飲み干すのです。

物語としてはそれだけの、
散文詩のような作品です。
でも、やはり暗号文です。
そもそも銀の杯に書かれた
「自然」とは何を意味するものか。
そして浴衣を着た
日本の少女に対する
金髪乙女は何を意味するものか。

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「自然」ですぐピンとくるのは
明治の文学界の「自然主義」です。
「自然主義」とは実証精神に立ち、
空想や美化を捨てて、
現実と人間をあるがままに
描こうとする文学的態度です。
一方、森鷗外は夏目漱石とともに
「反自然主義」です。
文学の虚構性を重んじ、
より深く個人と社会の問題を
追及したのです。

そう考えると、
浴衣の日本娘は
「自然主義」の作家たち、
金髪乙女は
留学によって西欧文化に触れ、
吸収することに成功した
鷗外自身を表しているものと
考えられます。つまり、
この小説は鷗外が自然主義作家たちへ、
「自分は自分のやり方で通す」と、
啖呵を切った作品と
考えることができるのです。

西欧に留学し、その文化に触れ、
高い教養を身に付けた二人が
いたからこそ、
日本文学は多様性を獲得し、
進化発展を遂げることができました。
その意味では、
坪内逍遙や二葉亭四迷などの
先駆者によって
産声を上げた日本文学が、
本作品とともに独り立ちをしたと
見ることもできるのです。

そんな暗号解読を試みなくても、
本作品の良さは十分に味わえます。
散文体の美しさと
厳選された言葉の格調高さを
兼ね備えた文章、
そして何よりも
乙女の凜とした意志の輝き。
わずか8頁に凝縮された
結晶のような作品。

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鷗外作品は、まずこの一品から
読んで欲しいと思います。
高校生、
そして大人のあなたにお薦めです。

※日本娘を7人としていることにも
 興味があります。
 「大勢」という意味なのか、それとも
 具体的に7人を想定したのか。
 だとすれば7人は誰なのか。
 興味は尽きません。

(2018.8.1)

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【青空文庫】
「杯」(森鴎外)

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