「人間が猿になった話」(谷崎潤一郎)

「人間くさい」というよりも「谷崎くさい」

「人間が猿になった話」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅦ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅦ」中公文庫

二階の女の一人が
うなされているため、
「わし」は様子を見にいく。
そこには、寝ているお染の
掛け布団の上に
置物のように座っている
一匹の猿の姿があった。
雨戸を開けて指し示すと、
猿は静かに出ていった。
ある日、お染は「わし」に…。

谷崎には珍しい怪談ものです。
「わし」の抱えている芸者の一人が、
猿回しの猿に一目惚れされ、
猿とともに山の中へ
連れて行かれるという筋書きです。
怪談といっても、
伝承民話を集めたハーンのそれや、
同時代の岡本綺堂の妖怪ものや、
泉鏡花のおどろおどろしい世界とは
趣が異なります。

〔主要登場人物〕
「わし」(お爺さん)
…額縁部分の老翁。本文の語り手。
 芸者屋を営み、
 数人の女を抱えている。
梅千代・輝次・雛龍
…額縁部分でお爺さんの話に聴き入る
 若い芸者。
お染
…「わし」の抱える芸者の一人。
 猿に見込まれる。
お鶴…「わし」の妻。
丁次…お染と仲のいい芸者。
内藤…お染を身請けする旦那。

今日のオススメ!

谷崎独特の怪談の趣①
魔物のようで魔物でない猿

猿は、厠に突然現れたり、
誰にも気づかれずに
寝床へ忍び込んだり、
お染の車の跡を追いかけたり、
まさに神出鬼没です。しかし
煙のようにかき消えるのではなく、
「わし」の開けた雨戸から
しずしずと外へ出ていくなど、
魔物ではなさそうです。
魔物ではなく
「身体能力の異様に高い猿」といった
具合です。
自分と一緒に来なければ
旦那を呪い殺すと、
お染を脅すのですが、
それだけが猿に与えられた
「魔力」のようです(もっともそれは
発現されていないのですが)。

谷崎独特の怪談の趣②
やけに人間くさい猿の応対

猿はお染をどこまでも
しつこく追いかけ回すのですが、
魔物の所業というよりは
現代でいうストーカー行為
そのものです。
きわめて人間くさい猿なのです。
書かれたのは
大正7年(1918年)ですから、
そのようなつきまといをする輩は
いなかったはずです。
この猿こそ、ストーカーの先駆けと
いえなくもありません。

さらに、旦那に祟るという点だけ、
脅しが入るのですが、
それ以外は基本的に「懇願」です。
「姐さん、どうぞ
 私の思いをかなえて下さいまし。
 私と末始終添い遂げて下さいまし。
 お願いでございます。
 お願いでございます」
「わたくしは
 卑しい獣でございますが、
 決してあなた様を
 粗末にするような事は
 いたしません。
 私の願いを聞き届けて下されば、
 御一緒に遠い山奥へ行って、
 浮世を餘所に
 一生安楽な月日を送る
 積りでございます」

ここまでくると、
「人間くさい」というよりも
「谷崎くさい」、いや
「谷崎そのもの」といっていいほどです。

谷崎独特の怪談の趣③
人間のまま猿になったお染

気の弱いお染は、
結局折れて運命に従います。
お染が姿形を雌猿に変えられて
一緒に生活するならば、
それは一種の
メルヘンになったのでしょうが、
谷崎はそうしません。
終末が驚愕です。
塩原温泉の奥の山で見かけた
内藤の話として、
「木の葉で綴ったような
 ぼろぼろの着物を着て、
 髪をもじゃもじゃに
 長く伸ばして居たけれど、
 胸に垂れて居る乳房の工合が
 どうも女らしかった。
 あれがきっと
 お染だったかも知れない」

情景を想像すると悲惨です。
人間の姿のまま
野性に組み込まれたのであれば、
哀れというしかありません。
やはりこの猿には
魔力はなかったのでしょう。
怪談とは別の意味で「怖い」物語です。
やはり怪談を書かせても、
谷崎は一筋縄ではいきません。
谷崎らしい「怖い」怪談を、
ぜひご賞味ください。

〔「潤一郎ラビリンスⅦ」〕
病蓐の幻想
白晝鬼語
人間が猿になった話
魚の李太白
美食倶楽部

〔関連記事:潤一郎ラビリンス〕

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