「孤島の鬼」(江戸川乱歩)

冒頭と終末で、まったく雰囲気が様変わり

「孤島の鬼」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第4巻」)
 光文社文庫

「江戸川乱歩全集第4巻」光文社文庫

「私」が愛した女性・初代は、
ある夜、しっかりと戸締まりが
なされた自宅で、何者かに
心臓を刺されて殺された。
「私」はその敵討ちのため、
探偵趣味の友人・深山木に
調査を依頼するが、
彼もまた何者かに
白昼衆人環視の中、
刺殺される…。

1930年に完成した、
江戸川乱歩の初期の傑作長篇です。
密室殺人から始まった事件は、
読み手の想像を超えて
広がっていきます。
明智小五郎は登場しないものの、
乱歩の猟奇性の片鱗が見て取れる、
読み応えのある作品となっています。

【主要登場人物】
「私」(蓑浦金之助)
…語り手。貿易会社に勤務する青年。
木崎初代
…「私」と婚約した女性。
 何者かに殺害される。
深山木幸吉
…「私」の友人で、
 探偵道楽をしている男。殺害される。
友之助
…軽業師の少年。十二歳。
諸戸道雄
…「私」の学生時代の先輩。医学研究者。
 蓑浦に想いを寄せている。
諸戸丈五郎
…道雄の父親。傴僂。
 南海の一孤島・岩屋島に住む。
秀・吉
…諸戸屋敷に監禁されている
 シャム双生児。

…諸戸屋敷の元使用人。
北川刑事
…池袋署刑事。初代・深山木殺人事件の
 捜査を単独で行う。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
最初に起こる二つの殺人の謎

主人公「私」の婚約者・初代は、
早々と殺害されます。
その殺害方法は何と「密室殺人」。
その謎は至って早く
探偵役・深山木が解決します。
ところがなんとその深山木もまた
殺害されるのです。
それは「衆人環視の中での殺人」。
その謎もまた、至って早く
二番手探偵役・諸戸が
犯人(意外な人物!)まで
見つけ出すという
きわめてスピーディな展開。
ところがさらにその犯人まで
あっけなく始末されてしまうという
衝撃的な筋書きとなっているのです。

なんと、二つの事件の謎解きは
前半で終了し、
後半部は「私」が諸戸とともに
事件の背後に潜む本当の敵と
対決するという二部構成のような
形となっているのです。

本作品の味わいどころ②
同性愛名探偵・諸戸道雄の謎

作品中で探偵が交代するという
意外性のある展開に
驚いていてはいけません。
野球に例えるなら、
先発投手が速いイニングで打ち込まれ、
急遽登板したロングリリーフ的探偵・
諸戸道雄といったところなのですが、
この男がまた曲者なのです。
なんと同性愛者。
現代では珍しくはないのですが、
作品発表は昭和初期、
作品の舞台は大正期。
同性愛がまだまだ精神疾患と
捉えられていた時代なのです。
この同性愛の対象は何と「私」。
「私」と諸戸は、
依頼者と探偵、
後輩と先輩、という関係を
越える可能性があったのですが…、
そちらの方向には落ち込みません。

それにしても同性愛が筋書きに
効果的な展開をもたらすかと思えば、
決してそうではありません。
捜査や冒険が、しばしばその複雑な
感情で停滞気味にすらなります。
乱歩は何かを意図して
同性愛探偵を拵えたのではなく、
何か物珍しいものを盛り込みたくて
だったのかも知れません。

本作品の味わいどころ③
暗号と迷宮が彩る隠し財宝

終盤は隠し財宝を探す冒険で
締めくくられます。
初代の所有していた系図に隠されていた
「暗号」の謎を解くと、
そこに待ち受けているのは
やはり「迷宮」。
財宝は常に「迷宮」の奥底に
隠されているのです。

案の定、迷わぬように用意した紐は
途中で切断され、
迷宮からの脱出は困難を極め、
終いには満ち潮に伴って水没、
水攻めに遭うという
危機また危機の大冒険となるのです。
満ち潮の難を逃れたものの、
「私」に襲いかかる次なる災難は
何と諸戸の…。
最後には命からがら
脱出に成功するのですが、
「私」の髪は真っ白に変化。
一番の恐怖は水攻めだったのか、
「諸戸の…」だったのか?

さて、ロングリリーフ探偵の諸戸は
迷宮の中で脱力し、
九回裏はストッパー的探偵として
北川刑事が登板、
見事事件を解決、というよりも
混乱を収拾したというべき
活躍を収めます。

冒頭の殺人事件と、終末の大団円で、
まったく雰囲気が
様変わりしているのですが、
それもまたよしと
しなければなりません。
こんなに面白い要素を盛り込んだ
大長編は、
黒岩涙香「幽霊塔」くらいしか
なかったでしょうから。
ここから次第に乱歩の長篇は
猟奇性を強め、
傑作作品群が生み出されるのです。
乱歩をじっくり味わいましょう。

(2023.3.10)

StockSnapによるPixabayからの画像
RAMPO WORLD

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