「天鵞絨の夢」(谷崎潤一郎)

奴隷である少年と少女の、分厚い硝子越しの恋の結末

「天鵞絨の夢」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅥ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅥ」中公文庫

奴隷たちの半数は男、半数は女、
多くは上海あたりで生まれた
日本人、支那人、
印度人、猶太人、
葡萄牙人であったらしく、
十二三歳から
三十四五歳ぐらいまでの、
容貌なり肉体なりに
何等か人を蠱惑する特徴のある
男女であった…。

谷崎潤一郎の未完の短篇
「天鵞絨(ビロード)の夢」です。
中国の富豪の「享楽の道具」として
拐かされて幽閉された奴隷たちの、
妖しい物語です。
舞台は中国杭州の
西湖のほとりに建つ別荘、
所有者の名は温秀卿。
物語は前文となる「発端」、
続く本文は三つに分かれ、
それぞれ第一~三の
「奴隷の告白」と綴られ、
後文で幕を閉じます。
注目すべきは
第一の奴隷と第二の奴隷の告白です。

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第一の奴隷は、
物心つく以前に囚われの身となり、
奴隷であることすら知らない
十六歳の少年です。
「姣童」なる表現が
添えられているところを見ると、
艶めかしさを漂わせた美少年と
考えられます。
彼が幽閉された「琅玕洞」なる部屋は、
天井が硝子張りで
その上に池が設えられているという、
近年の水族館のようなつくりなのです。
昼過ぎにそこを訪れて
阿片に酔う女主人の枕元で、
香を焚き続けるのが
彼に与えられた役割なのです。

第二の奴隷は、
その肌が欧米人なみの光沢をもつ白さの
十二三歳の少女です。
彼女が働かされていたのは
「麝香園」の「玉液池」のほとり。
午後のある時間になると、
彼女は女主人の言いつけで、
その池に潜って
遊泳しなければならないのです。

おわかりでしょうか、
「玉液池」こそ「琅玕洞」天井に
設置された水槽なのです。
女主人は阿片に浸りながら、
水を漂う幼い少女の裸体を眺め、
悦に入っていたのです。
情景を想像すると、
得も言われぬ美しさと、
耽美で奇怪な妖しさの、
その両方が脳裏に像を結びます。

物語はそこで終わりません。
奴隷であるその少年と少女が、
分厚い硝子越しに
恋をしてしまうのです。
それに気づいた女主人は何をしたか?
ぜひ読んで確かめて下さい。
一層の美しさと怪しさ、
そして醜悪さと悍ましさが
押し寄せてくるはずです。

一応完結した形を取っているものの、
谷崎の当初の構想では、
告白する奴隷の数は三人どころか
十人であり、その断片を
つなぎ合わせることによって、
温秀卿の別荘の奇っ怪な姿を
明らかにするという
ものだったようです。
途中で飽きたのか、
三人で止めてしまったのですが
(三人目が不要に感じなくもない)、
十人分の告白が創作されていれば、
おそらく江戸川乱歩の創造した
「パノラマ島」を遙かに上回る
耽美的な構造物が描き出されたのでは
なかったかと推察します。

本作品は、大正8年(1919年)に
大阪朝日新聞に掲載されました。
そのせいでしょうか、
エキゾチックであるものの、
谷崎特有のエロティシズムは
影を潜めています。
新聞紙上ではなく
アングラ雑誌にでも載っていたら、
いったいどんな作品に
なっていたことやら…。

〔関連記事:「パノラマ島綺譚」〕

(2023.1.19)

Willgard KrauseによるPixabayからの画像

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