「白晝鬼語」(谷崎潤一郎)

乱歩の世界が広がっています。でも、

「白晝鬼語」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅦ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅦ」中公文庫

突然訪れた友人・園村は、
今夜演ぜられる人殺しを
見に行こうと「私」に持ち掛ける。
精神病を患う園村の
身を案じた「私」は、
渋々ながら同行する。
雨戸の節穴から覗くと、
妖艶な女と怪しげな男が、死体を
薬品で溶解処理しようと…。

読んでいるうち、
「あれ、自分の読んでいるのは
乱歩だったっけ?」と思い、
表紙の作者名を確認したほどです。
120頁ほどの本作品の、
95%を読み終えるまで、
乱歩の世界が広がっています。
でも、本作品の作者は谷崎潤一郎です。

【主要登場人物】
「私」
…友人・園村を気遣う。著述業を営む。
園村
…資産家の息子で放蕩に飽きている。
 刺激を求める癖がある。
 友人は「私」一人。
纓子
…節穴から見えた妖艶な女。
角刈りの男
…節穴から見えた怪しい男。
 大学生と名乗る。

今日のオススメ!

本作品に広がる乱歩世界①
暗号解読から始まる事件

事件は暗号から始まります。
映画を観ていた園村は、
前の席に座っていた男女が、
怪しげな通信をしているのを目撃、
興味を覚えます。
男が椅子の下に捨てた紙を拾うと、
そこには謎のテキストが。
「6;48634;…」
作品中でも触れられているのですが、
これはポー「黄金虫」の暗号です。

今日のオススメ!

乱歩も初期作品で「暗号」を用いた
作品を創り上げています。
デビュー作「二銭銅貨」
明智小五郎の短篇中にも「黒手組」
そのほかにも
「日記帳」「算盤が恋を語る話」などが
挙げられます。
ポーの「黄金虫」の暗号は
宝のありかを示すものでしたが、
本作品は「事件」のはじまりを告げる
「暗号」であり、
その使われ方は「乱歩的」です。

本作品に広がる乱歩世界②
のぞき穴から見える事件

「私」と園村は、
雨戸の節穴から「事件」を覗き見ます。
この狭い覗き穴から
「事件」を覗き見る手法も
乱歩作品にいくつも見られます。
前回取り上げた「湖畔亭事件」では、
レンズを使った覗き見趣味の男が
殺人事件を目撃し、
「屋根裏の散歩者」では、
異常性癖の男が屋根裏を這い伝わり、
「押絵と旅する男」では、
遠眼鏡(望遠鏡)から観た世界が描かれ、
少年探偵団員たちは覗き穴に誘われ、
二十面相の奇術に
翻弄されることになるのです。
覗き穴の向こう側で
繰り広げられる「事件」。
この構図はまさしく「乱歩的」です。

本作品に広がる乱歩世界③
妖しげな美女が絡む事件

覗き穴から見た妖艶なる美女・纓子に
興味を持った園村は、
無謀にも彼女を探し出して接触、
恋仲になってしまいます。
そしてついには園村自身も
彼女の毒牙にかかり、
命を落とす羽目に…。
登場人物は、
被害者であれ殺人者であれ、
女は美女に限る、と
乱歩が決めていたかどうかは
定かでありませんが、
乱歩作品の女は「美女」ぞろいです
(TVで乱歩の「美女シリーズ」が
流行ったのも当然です)。
この纓子の存在もまた
極めて「乱歩的」なのです。

今日のオススメ!

いやいや、本作品が
「乱歩的」なのではありません。
なぜなら本作品の発表は
1918年(大正7年)。
乱歩のデビューよりも早いのです。
本作品をはじめとする
「途上」「秘密」「或る少年の怯れ」などの
谷崎の犯罪小説群から、
乱歩が多大なる影響を受けたのです。
谷崎あっての乱歩世界なのです。

さて、魔の手がついに園村へと及び、
「私」にも火の粉が降りかかる
予感を示す本作品は、
最後の5頁で
突然雰囲気を一変させます。
この「してやられた」感が
なんともいわれません。
中公文庫の
「潤一郎ラビリンスⅦ」だけでなく、
2021年に刊行された
作品集「白昼鬼語」(光文社文庫)にも
収録されています。
ぜひご賞味あれ。

〔「潤一郎ラビリンスⅦ」〕
病蓐の幻想
白晝鬼語
人間が猿になった話
魚の李太白
美食倶楽部

〔谷崎のミステリ〕
谷崎は、「途上」「秘密」「人魚の嘆き」
「或る少年の怯れ」など、
いくつかのミステリと呼べる作品を
書き上げています(多くは初期)。

特に「途上」は、乱歩の「D坂」に、
以下の一文で登場しています。
「絶対に発見されない犯罪というのは
 不可能でしょうか。
 僕は随分可能性が
 あると思うのですがね。
 例えば、
 谷崎潤一郎の「途上」ですね。
 ああした犯罪は
 先ず発見されることはありませんよ。」

〔「潤一郎ラビリンス」でのミステリ〕
「潤一郎ラビリンス」シリーズの
第8巻がその名もずばり
「犯罪小説集」です。

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今日のオススメ!

〔中公文庫「潤一郎ラビリンス」〕

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