「煤煙の匂ひ」「老残」(宮地嘉六)

バイタリティに富んだ不思議な明るさ

「煤煙の匂ひ」「老残」(宮地嘉六)
 青空文庫

仕事を休みがちだった
職工・丸田は、
子どもを連れて帰ってきた
嘉吉の妹に好意を持ち、
仕事に真面目に
取り組むようになる。
数日後、嘉吉の妹が
その夫の兄と、
夫婦のようなそぶりで歩くのを
偶然目の当たりにした丸田は、
心を乱す…。
「煤煙の匂ひ」

終戦後、復興途上の東京。
収入のあてもなく、
その日暮らしの「私」。
ある日、引揚者の女性に
認め印を彫ってあげた「私」は、
彫刻業で身を立てることを
考えつく。さっそく
米国大使館の通りで米兵相手に
路上印章屋を開店した「私」は…。
「老残」

前回取り上げた宮地嘉六。
文庫本は出版されていません。
仕方なく困ったときの青空文庫で、
この二編を読みました。

どちらもやはり労働者の
過酷な現状を描いた作品です。
しかし、宮地の作品は、
プロレタリア文学のような
暗さはありません。
バイタリティに富んだ
不思議な明るさを有しています。

「煤煙の匂ひ」では、主人公丸田は、
嘉吉の妹・小夜と出会えたことだけで
前向きに働こうと決意します。
小夜と結ばれようとか、
所帯を持つための
資金を貯蓄しようとか、
具体的な計画が
あるわけではありません。
ただただ何とも言えない
単純な明るさなのです。
嘉吉は嘉吉で、経済書を読みふけり、
理想郷を夢見ます。
空想で明るくなれるのです。

「老残」では、
主人公は65歳でありながら、
戦時中をなんとか食いつなぎ、
戦後の混乱期も
したたかに生き延びます。
判子屋を開業し、
でも繁盛するのは一時。
それでもあの手この手で
現金収入を得ようとするのです。
たくましいの一言に尽きます。

これはとりもなおさず作者・宮地嘉六の
人生そのものだからでしょう。
「ある職工の手記」「煤煙の匂ひ」「老残」と
読み進めると、
宮地の少年期、青年期、老年期の順に
体感できるのです。

もっと宮地嘉六の作品が読みたい。
ところが文庫本もハードカバーも
古書を探すしかない状況です。
図書館でも、宮地嘉六の全集を
置いているところがいくつあるか。
私の住む地域では、
県庁所在地の図書館に、
プロレタリア文学集として
他の作家とともに収録された
本1冊しかないようです。
宮地の再評価が今後進み、
岩波文庫か講談社文芸文庫あたりから
作品集が出版されることを、
首を長くして
待つしかないのでしょうか。

(2020.4.9)

PexelsによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「煤煙の匂ひ」(宮地嘉六)
「老残」(宮地嘉六)

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