連綿と続く一枚の布、一つの世界
「からくりからくさ」（梨木香歩）
新潮文庫
貸し屋となった
亡き祖母の家に住むことを
決めた蓉子。
同居人は与希子、紀久、
マーガレット、
そして市松人形の｢りかさん｣。
糸を染め、機を織り、
若い女性四人の
共同生活が始まる。
そしてそれぞれの生き方が、
静かに繋がって…。
いわゆるシェア･ハウス的な
共同生活です。
主人公･蓉子は、草木染めの研究
(職人としての修行)をしている女性。
以前取り上げた
｢りかさん｣の｢ようこ｣です。
全てを包み込む包容力のある女性へと
成長しています。
美大生･与希子は、
テキスタイル(布製品における
生地と柄)の図案の研究をしています。
周囲に対して
積極的な働きかけのできる女性です。
同じく美大生･紀久は、
地方の女性織り子たちについて
研究しています。
控え目な性格でありながら
芯の強い女性です。
そして日本で鍼灸について学んでいる
マーガレット。
自己主張の強さが目立ちますが、
日本について深く学ぼうという姿勢が
見られる女性です。
この四人の女性の生き方やルーツが、
物語の進行と共に
複雑に絡み合ってきます。
蓉子の持っている｢りかさん｣は、
同じものが紀久の家にもあったことが
判明します。
それはどうやら澄月という人形師の作。
ところが、この人形師は
赤光という能面師であり、
与希子の先祖であることが
わかってくるのです。
さらには赤光が絡んだ
かつてのお家騒動に、
紀久の先祖が関わっていて、
紀久と与希子が遠い親戚である可能性も
浮かんでくるのです。
そしてマーガレットの妊娠騒動。
彼女が心引かれた男性･神崎は、
実は紀久の交際相手だったのです
(彼女はそれを知らなかった)。
同年代の女性四人ですが、
決して仲良し四人組ではないのです。
四人それぞれが
確固とした生き方を歩んでいる以上、
葛藤や確執があって当然です。
それでいて共同生活が
成り立っているのは、
四人が大人であることだけでなく、
この祖母の残した古い家に張られた
｢結界｣の成せる技でしょう。
｢りかさん｣とは異なり、
りかさんが霊的な力を発揮する場面は
ほとんどありません。しかし、
かつてのりかさんのそうした力は、
一つは結界のような見えざる力として
この家が受け継ぎ、
一つは全てを包み込む包容力として
蓉子が受け継いでいるのがわかります。
終末の一節が印象的です。
「呪いであると同時に祈り。
憎悪と同じぐらい深い慈愛。
怨念と祝福。
同じ深さの思い。
媒染次第で変わっていく色。
経糸。横糸。リバーシブルの布。
一枚の布。一つの世界。
私たちの世界。」
私たち一人一人は一本の糸であり、
それは他の糸と混じることなく、
それでいて経糸と横糸の如く絡み合い、
連綿と続く一枚の布となり、
一つの世界を創りあげている。
そんなことを考えてしまいました。
今回再読しましたが、
作品の描き出した全貌の、
ほんの一部しかまだ掴み得ていません。
それだけ深い世界が
紡ぎ出されているのです。
時間をおいて
さらに読み込んでいきたいと思います。
※作品中に｢斧･琴･菊｣
(｢よき･こと･きく｣と読む)の紋様が
登場します。
これは判じ物として有名な
和柄の一つであり、
｢良き事聞く｣という
吉祥の意味が込められています
(横溝正史｢犬神家の一族｣で有名)。
実はこの四人の登場人物、
与希子と紀久で｢よきこときく｣、
蓉子とマーガレット(これもキク科の
植物!)で｢ようこときく｣と、
掛け合わせになっています。
どうでもいいことですが。
※物語の時系列では｢りかさん｣
→｢からくりからくさ｣ですが、
｢りかさん｣は1999年12月発表、
本作品は同年5月であり、
こちらの方が
先に完成しているようです。
そのあたりの詳しい経緯については
わかりませんが。
（2020.1.19）
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