「襤褸の光」「浅草公園」(谷崎潤一郎)

谷崎独特の、美の基準・芸術観・浅草観

「襤褸の光」「浅草公園」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅨ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅨ」中公文庫

浅草公園観音堂の付近を
うろつく、若い孕み女の乞食。
「私」は彼女に、否み難い
美しさの潜んでいることを
発見する。
彼女はある日、
公園から姿を消す。
彼女を妊娠させたのは、
「私」の友人の
天才画家であることは
「私」しか知らない…。
「襤褸の光」

「浅草小説集」という副題のついた作品集
「潤一郎ラビリンスⅨ」の一篇です。
決して有名もしくは傑作とは
言いがたい作品なのですが、
谷崎潤一郎の芸術に対する考え方、
そして浅草という街への愛着が
滲み出ている好篇です。
文庫本にして
わずか30頁足らずの掌編ですが、
独特の味わい深さがあります。

〔登場人物〕
「私」…語り手。作家。

…天才画家。岡山県の豪農の息子。
 勘当される。
某文学士
…「私」の知人。
 「私」にAを引き合わせる。

…Aの子を宿している。
 浅草公園で寝起きをしている。

本作品の味わいどころ①
谷崎独特の「美」の基準

女はぼろをまとって
薄汚れているのですが、
谷崎はその中に
「美しさ」を表現しているのです。
その描写をまずは味わうべきでしょう。

谷崎は最初に、
その女の容貌の醜さを記しています。
「埃まびれの顔の色は真黒で、
 鼻が低く、唇が厚く、
 黒光りにてらてらと光って居る
 おでこの額の右の方に、
 梅毒か、癩病か、兎も角も
 たちのよくない病気を
 連想させるような、
 細かい吹出物が沢山にあって、
 ぼろぼろに垢のついて銘仙の、
 老人の古着らしい藍微塵の素袷に、
 六月ばかりの
 大きな腹を包んで居る」

続いて、その中の「美」について
滾々と述べていくのです。
「彼女の肉体には、
 乞食と云う種族に共通な
 あらゆる醜悪の下から、
 妙齢の女子に共通な艶冶な嬌態が、
 豊潤なる光沢を以て、
 輝こうとして居るのである。
 醜悪が艶美の効果を壓迫しようとし、
 艶美が醜悪の妨害に打ち克とうとして
 相責いで居る有様が、
 全身に溢れて居るのである。
 そうして、此の醜悪と艶美と
 常に絶え間なく相争う二つの力は、
 やがて混交し、混濁し、
 ついには全く醱酵して、
 一種名状すべからざる色彩と、
 香気とを放つに至ったのである」

本作品の味わいどころ②
谷崎独特の「芸術観」

谷崎が本作品で創り上げた画家Aは、
超人的なスケッチを書くものの
それを絵画として
完成させることのできない創作家です。
Aはこう語ります。
「僕には、大作を畫上るだけの、
 根気と技倆とが缼けて居るのだ。
 僕は要するに、非凡な素質を持た
 片輪の藝術家たるに過ぎないのだ」

そして、芸術家とは
天才と能才を兼ね揃えていて、
自分は天才を持ちながらも
能才を持たないと、嘆くのです。
ここに谷崎の
「芸術観」が現れていると考えます。

本作品の味わいどころ③
谷崎独特の「浅草観」

谷崎が本作品の舞台として
なぜ浅草公園を選んだか?
本書に併録されている
随筆「浅草公園」に、
このような記述が見られます。
「僕が浅草を好む訳は、
 其処には全く舊習を脱した、
 若々しい、新しい娯楽機関が、
 雑然として、ウヨウヨと無茶苦茶に
 発生して居るからである。
 亜米利加合衆国が世界の諸種の
 文明のメルチング・ポットで
 あるというような意味に於て、
 浅草はいろいろの新時代の
 藝術や娯楽機関の
 メルチング・ポットで
 あるような気がする」

谷崎は浅草に、新時代の芸術の
息吹を感じていたのでしょう。

で、結局、女はAと結ばれたのか、
無事出産できたのか、
そうした女のその後は全く描かれず、
もちろんAのその後も語られず、
やきもきした気分を抱えたまま、
読み手は本を閉じなければなりません。
それでいいのでしょう。
読み手をすっきりさせないまま
終わるから、谷崎なのです。

〔「潤一郎ラビリンスⅨ」〕
襤褸の光
鮫人
浅草公園

created by Rinker
¥922 (2024/05/18 21:46:38時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

活動写真にカフェエに自動車、
そう聞くと僕は直ぐに
浅草公園を想い出す。
実際僕等の娯楽と云えば、
今の所浅草公園へ行くより外に
仕方が無い。
僕は鵠沼に住んで居ても、
十日に一遍はどうしても
東京へ出て来たくなる。
東京へ…。
「浅草公園」

※「浅草公園」は随筆。
 「襤褸の光」とともに、
 100年前の浅草の街、
 それも谷崎の愛した浅草を、
 堪能することができます。

(2023.1.19)

image

【関連記事:谷崎潤一郎の作品】

【「潤一郎ラビリンス」はいかがですか】

created by Rinker
¥922 (2024/05/18 08:56:45時点 Amazon調べ-詳細)

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥1,900 (2024/05/18 21:46:39時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥1,705 (2024/05/18 10:58:41時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA