谷崎文学の一つのマイルストーン
「富美子の足」（谷崎潤一郎）
（「潤一郎ラビリンスⅣ」）中公文庫
「富美子の足」（谷崎潤一郎）
（「女体についての八篇 晩菊」）
中公文庫
画学生の｢僕｣は、
遠い親戚にあたる
塚越老人の世話になる。
｢僕｣が老人の家に
足繁く通ったのは、老人の妾･
富美子の顔を見たかった、
いや足を見たかったからである。
｢僕｣も老人も、
女性の足を渇仰する
拝物教徒Foot-Fetichist…。
Foot-Fetichistであるのは
｢僕｣や塚越ではなく、
作者･谷崎その人であることは
間違いありません。
でなければこれだけ延々と｢足｣を
描写することはできないでしょう。
古今東西の小説の中でも、
本作品の｢女性の足の描写量｣は
群を抜いて最高であるはずです。
一つ二つ抜き出そうにも、
あまりにありすぎて
選択できないほどです。
主な登場人物は
｢僕｣･塚越･富美子の三人であり、
筋書きとしては、塚越が｢僕｣に
富美子の足の絵を描かせる、
ところが描く作業は遅々として進まず、
ふたりで富美子の足の美しさを
味わってばかりいる、
そのうちに死期が迫った塚越が、
富美子の足で顔を踏みつけられて
死にたいと願う、など、書き出すと
馬鹿馬鹿しいかぎりなのですが、
読むと不思議にも
妖艶な世界に引きずり込まれます。
谷崎の足フェチ(正確には
脚フェチと思われる)が
現れている作品はいくつもありますが、
その出発点は当然処女作
｢刺青｣ということになるでしょう。
その書き出しは鮮烈でした。
「其れはまだ人々が｢愚(おろか)｣と
云う貴い徳を持って居て、
世の中が今のように
激しく軋み合わない時分であった」。
｢激しく軋み合っ｣ている｢今｣が、
日露戦争に勝利し、
日本という国が変貌を遂げてしまった
明治末期を指すとすれば、
｢愚と云う尊い徳を
持って居た｣｢時分｣とは、
江戸の世の中のことでしょう。
｢刺青｣は明らかに
江戸文化･江戸情緒への回帰の渇望が
込められているといえます。
実は本作品にも
そうした傾向が見られます。
富美子は江戸情緒の漂う娘であることが
記されているのです。
「隠居(=塚越)の江戸趣味は
それ程酔狂なものだったのです」。
塚越は(おそらく｢僕｣も)
谷崎自身の化身であり、
足フェチは単に美しい女性の
足を求めることに止まらず、
古き良き日本の｢愚と云う尊い徳｣を
希求することなのだと
捉えることが可能です。
｢刺青｣(1910年)から出発した谷崎の
｢愚と云う尊い徳｣を求める創作の旅は、
本作品(1919年)を経由し、
｢痴人の愛｣(1925年)、
｢卍｣(1931年)、
｢春琴抄｣(1933年)、そして
｢鍵｣(1956年)、
｢瘋癲老人日記｣(1961年)へと
続いていったのでしょう。
本作品は、いわば谷崎文学の
一つのマイルストーンと
見ることもできるのです。
妖しい世界、覗いてみませんか。
〔映像化｢富美子の足｣〕
本作品の妖しい世界を
ヴィジュアルで再現しようという
試みがすでにいくつか
なされていて、
2010年には加藤ローサ主演、
2018年には片山萌美主演で
映像化されています。
私はどちらも見ていないのですが、
ネットでいくつかの場面の
グラビアを見る限り、
作品に接近しているようには
思えませんでした(そもそも女優の
顔立ちが良すぎる上、
洋風の美人さんたちである)。
とりあえず下に示しておきます。
〔｢潤一郎ラビリンスⅣ｣収録作品〕
憎念
懺悔話
お才と巳之介
富美子の足
青い花
一と房の髪
〔｢女体についての八篇｣収録作品〕
美少女 太宰治
越年 岡本かの子
富美子の足 谷崎潤一郎
まっしろけのけ 有吉佐和子
女体 芥川龍之介
曇った硝子 森茉莉
晩菊 林芙美子
喜寿童女 石川淳
（2022.1.31）
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