「憎念」(谷崎潤一郎)

谷崎一流の「恥部の開陳」をじっくりと味わう

「憎念」(谷崎潤一郎)
(「潤一郎ラビリンスⅣ」)中公文庫

「潤一郎ラビリンスⅣ」中公文庫

私は「憎み」と云う
感情が大好きです。
「憎み」ぐらい徹底した、
生一本な、気持ちのいゝ感情は
ないと思います。
人を憎むと云う事は、
人を憎んで憎み通すと云う事は、
ほんとうに愉快なものです。
仮りに自分の友達の中に
憎らしい…。

と、冒頭の一文を載せましたが、
ここからも分かるように、
本作品は「いじめ」の物語です。
いや、正確には
「いじめる心の本質」の分析といった方が
いいのかもしれません。
自分の心の暗部を
引っ張り出して開陳し、
隅々まで丹念にしわを伸ばして
日に晒したような
記述が続いていきます。
弱い立場の人間を
陰に回っていじめることに
快感を覚える「私」の愉しさが、
これでもかと描かれています。
読んで愉しいものではありません。
後味の悪さが残ります。

現代の世の中で
このような作品を発表したとすれば、
大きなバッシングを受けかねません。
書いたのは明治生まれの文豪・
谷崎潤一郎です。

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本作品を読んだときの反応として
考えられるのは、
「穢いもの」を目にした恥ずかしさに、
頁を閉じて
読んだことさえ忘れ去ろうとするか、
あるいは、今まで見えなかった
「正直なもの」を、
しっかりと提示されたことに驚き、
深く咀嚼しようとするか、
そのどちらかではないかと思うのです。

日常生活において、
このような場面に遭遇したとき、
私たちが取る行動は、
前者なのではないかと思うのです。
「穢いもの」には蓋をして、
目に見えないように、
臭いさえ漂わないように、
奥深く隠しておこうとするでしょう。
しかし本作品のように、
「穢いもの」をあえて人目につく、
それも照明を当てて
はっきり見えるようにすることも、
ある意味大切なのではないかと、
改めて感じさせます。

自分以外の領域における
「穢いもの」を明るみに出すこと
(例えば社会の構造悪を
暴き出すことなど)は、
多くの作家が行っていることです。
しかし、
自分自身の心に巣くう「穢いもの」を
わざわざ取りだし、このような
作品として結晶化させた作家は
谷崎意外には
決して多くはないはずです。

どちらかというとマゾヒスト的感覚で
書かれた作品の多い谷崎ですが、
一方にはこのような
サディスティックな小説も
書いているのです。そのどちらも
谷崎らしさが漲っています。

ふと現実を考えたとき、
教育現場では「いじめ根絶」に向けて、
「友人間のトラブル」でさえ
教師が積極的に介入し、
家庭に連絡し、
徹底的な対処をしています
(私の地域ではそうなのですが、
まったく正反対の所もありそうです)。
それはそれで大切なことなのですが、
ある意味、「穢いもの」を見えなくする
(蓋をするのとは異なる)ことなのかなと
思ったりします。
「いじめ」の心理的背景を
徹底的に研究することや、
それを大人と子どもが
じっくり話しあうような、
「穢いもの」に目を向ける機会も
必要なのではないでしょうか。

難しいことはさておき、
谷崎一流の「恥部の開陳」を
じっくりと味わいましょう。

※YouTubeに本作品の
 素敵な朗読動画がありました。

【朗読】憎念 谷崎潤一郎【フェティシズム小説】

〔本書収録作品〕
憎念
懺悔話
お才と巳之介
富美子の足
青い花
一と房の髪

(2023.2.2)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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