何でもありのこの設定こそ戦前の横溝作品の特徴
「猿と死美人」(横溝正史)
(「幻の女」)角川文庫
霧の深い夜、
隅田川を流れていく
木箱のような檻。
その中には血を流して
気を失っている女性が
閉じ込められていた。
そしてその檻には
一匹の猿が鎖で繋がれており、
その鎖には鈴がついていた。
一方、隅田川沿いの蓑浦邸では…。
由利・三津木シリーズの
一作なのですが、
本作品には由利先生は登場しません。
敏腕記者・三津木俊介が
警視庁の等々力警部とのコンビで
事件を解決していきます。
本作品の特徴①
意味不明な取り合わせ
霧深い夜に死美人を載せた棺桶が
川面を流れてくる。
これだけなら
十分におどろおどろしいのですが、
それが棺桶ではなく木製の檻であり、
しかも生きた猿が鎖で繋がれていて、
さらに鎖には
鈴がつけられているのです。
その姿をイメージすると、
猟奇性を越えて
滑稽さすら感じさせます。
この意味不明な取り合わせこそ
本作品の特徴です。
本作品の特徴②
猿蒐集家という妙な趣味の男
猿蒐集家とは?
木彫りの猿、剥製の猿、
猿の絵、猿の面、…。
何やら怪しげです。
そんなものが集められた屋敷があったら
さぞかし奇妙でしょう。
しかしその蒐集の理由が
「申年生まれだから」。
殺された男のこの妙な趣味の設定こそ
本作品の特徴です。
本作品の読みどころ③
三津木の口説き落としと罠
作品によっては犯人の尾行、探索、
格闘など、肉体派のような印象を受ける
三津木ですが、
本作品では重要参考人である
被害者の息子(それが三津木の
学生時代の親友!)を口説き落とし、
事件の裏に隠された事実を
探り出すことに成功しています。
また、最後は真犯人を
罠にかけることすらやっているのです。
これはどちらかというと
由利先生の役どころと思われます。
この普段と異なる三津木の役割こそ
本作品の特徴です。
本作品の読みどころ④
もはや駄洒落に近い暗号解読
最後は被害者が隠した
手紙のありかを示す言葉の意味の
謎解きなのですが、
これはもはや暗号解読の域を
遙かに超えて
駄洒落としか言いようのないものに
なっています。
一件安易に思えるこの謎解きこそ
本作品の特徴です。
揚げ足とりのように
なってしまいましたが、
何でもありのこの設定こそ、
戦前の横溝作品に
往々にして見られる特徴なのです。
昭和13年発表の本作品、
アイディアが泉のように湧き出ていた
若き日の横溝作品をです。
十分に堪能しましょう。
(2018.8.20)