「明暗」(夏目漱石)③

漱石は本作品を完成させるつもりだったのか?

「明暗」(夏目漱石)新潮文庫

前々回は本作品の
個性的な登場人物について、
前回は視点人物の移動がもたらす
効果について書きました。
魅力のつきない作品であり、
未完成で終わってしまったのが
惜しまれます。

果たして漱石は本作品を
どのように完結させる構想だったのか?
という疑問以前に私は、
漱石は本作品を
完成させるつもりだったのか?
という問いを感じてしまいます。

もちろん完成させないわけが
ありません。しかし、
漱石の命がもう1年長かったとしても、
完成した筋書きを持つ作品には
ならなかったのではないかと
思うのです。

私たちはついつい
絶筆間際に登場した清子が
大きな立ち回りを演じるかのような
錯覚を受けがちですが、
書かれざる189話以降も
津田と清子の心理的かけひきが
主になっていた可能性が
高いのではないでしょうか。

起伏のある筋書きで
読ませるのではなく、
異なる自由意思と行動原理を持った
個性的な人物に語らせるという手法、
大きな流れを持つ
長編小説としてではなく、
一話ごとに繰り広げられる
緻密な心理戦の積み重ねという作品構造。
そうした特徴を考えたとき、
本作品の最終形は
バルザックの一連の作品に
近いものになるのではないかと
思うのです。

昨日書いたように、
本作品は漱石が最後に挑戦した
文学の新しい形だったと考えられます。
それまでももちろん
一作ごとに進化しているのですが、
「こころ」「道草」から比べると
飛躍的な変化といえます。

さて、世の中に
未完の作品はいくつもあります。
しかし、あまりにも未完成すぎると
作品として発表されることは
ないでしょう。
未完でありながらも
一つの作品として
結実しているからこそ、世に出され、
読み継がれているのです。

本作品に早く出会うべきでした。
正確に言うなら、
漱石作品をもっと早く読了し、
本作品に早くたどり着くべきでした。
本作品を含め、
漱石作品はすべて
何年かに一度ずつ読み返さないと、
その良さがわからない小説だからです。

若い人たちへ、
ミステリーを読みふけっている
場合ではありません。
漱石を読むべきです。
それも全ての作品を。
そして10年ごとに読み返してください。
必ずや人生の財産になるはずです。
2017年に迎えた漱石生誕150年で、
常に新潮文庫漱石全作品が
店頭に並んでいる今こそ、
その絶好のチャンスです。

(2018.9.2)

【青空文庫】
「明暗」(夏目漱石)

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