「ルーベンスの偽画」「聖家族」(堀辰雄)

堀の傑作「菜穂子」につながる初期2作品

「ルーベンスの偽画」「聖家族」
(堀辰雄)
(「菜穂子 他五篇」)岩波文庫

「ルーベンスの偽画」
避暑地・軽井沢にやってきた「彼」は、
母親とともに別荘で過ごしている
「彼女」に片思いする。
「彼」は「彼女」にこっそりと
「ルーベンスの偽画」と
呼び名をつけていた。
しかし、「彼女」との関係は
なかなか進行しない…。

「聖家族」
かつて愛した九鬼の告別式に向かった
細木夫人は、
九鬼の弟子である河野扁理と再会する。
彼女は成長した扁理を、
「まるで九鬼を
裏返しにしたような青年」と感じる。
そして、彼女の娘・絹子もまた
扁理に思いを寄せる…。

それぞれを単独で読むと、
もしかしたらあまり印象に
残らないかもしれません。
しかし、この2つの作品は、
先日紹介した
「菜穂子」に先駆けて書かれた
原型のような存在であり、
「菜穂子」を理解する上で
重要であると考えます。
「偽画」「聖家族」「楡の家」「菜穂子」
いずれも堀辰雄自身と
その師的存在である芥川龍之介、
そして2人に関わった
片山広子・総子母娘を
モデルとしています。

ここで登場人物を整理すると
以下のようになります
(①偽画②聖家族③菜穂子)。
堀辰雄
 →①「彼」②河野扁理③都築明
芥川龍之介
 →①登場せず②九鬼③森於菟彦
片山広子
 →①「彼女」②細木夫人③三村夫人
片山総子
 →①「お嬢さん」②絹子③菜穂子
各登場人物が、次第に明確な輪郭を
持ってくるのがわかります。

さて、作者堀が
焦点を当てている部分は
3作品でちがいが見られます。
「偽画」では、
「彼女」と「お嬢さん」への
交錯した青年の心理、
「聖家族」では、師と夫人の関係に
自らの恋愛を重ねた青年の、
自己の在り方の確立、
「菜穂子」では、
母と同質かつ破滅的な傾向を
自分に感じる娘の
生き方の模索といえるでしょうか。

芥川という師を失った
自分の喪失体験から発した
作者の創作の目線は、
はじめは自らの内面に向いていました。
しかし10年余の歳月を重ね、
視点を自分以外(片山母娘)に移行させ、
自らの体験を素材として
「菜穂子」を完成させたと
考えることができます。

「偽画」「聖家族」から始まった
堀の創作活動が「菜穂子」で結実し、
その後、長編小説の執筆を
果たせなかったことを考え合わせると、
あたかも「菜穂子」を書き上げるために
堀が存在したかのようです。
堀が到達した「菜穂子」の
文学的高みを知るためにも、
この「ルーベンスの偽画」「聖家族」の
初期2作品、そして
「楡の家」「菜穂子」「ふるさとびと」の
連作3作品を、
あわせて読むべきと考えます。

※5作品すべて収録されているのは
 岩波文庫の本書のみです。
 新潮文庫版は「菜穂子」3作品のみの
 組み合わせとなっています。

(2018.9.27)

【青空文庫】
「ルウベンスの偽画」(堀辰雄)
「聖家族」(堀辰雄)
「菜穂子」(堀辰雄)

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