押川春浪が明治の文壇の主流となっていたら
「銀山王」(押川春浪)
(「明治探偵冒険小説集3 押川春浪集」)
ちくま文庫

寂れた古塔・白雲塔の
眺望台に佇む美女・楓姫。
彼女は意地悪い
富豪・銀山王の娘・緑姫に
婚約者・羽衣男爵を籠絡され、
悲嘆に暮れていたのだ。
銀山王の催した舞踏会で
屈辱を受けた楓姫は、
財産を叔父に譲り渡し、
流浪の旅に出る…。
知る人ぞ知る
明治の大衆娯楽小説作家・押川春浪。
かつて作品を取り上げたとき、
その作品のほとんどが
絶版中であることを嘆き、
「ちくま文庫あたりから
『押川春浪集成』が出版されたら
即買ってしまう」と書きました(2016年)。
ところが何と、2005年の段階ですでに
出版されていました(もちろんすぐ絶版)。
明治36年発表の本作品、
読んでみるとやはり
不思議な面白さに満ち溢れています。
不思議な面白さ①
一文が長い割にはスピーディ
句点が少なく一文が長大です。
普通は読みにくいのですが、
なぜかすらすら読めます。
滑舌の良いアナウンサーの
実況中継を聞くような
滑らかさがあります
(野坂昭如も同様の手法で
文章に緊迫感を持たせていました)。
不思議な面白さ②
明治の事情が見え隠れする人物表記
登場人物のほとんどは
なぜか日本語表記です。
日本人は羽衣男爵のみ
(とはいえ「羽衣」という名字が
日本にどれだけ存在するのか?)。
主人公・浪島楓と
その恋敵・有州緑はイギリス人。
楓を助ける謎の人物・離島老人は
フランス人(らしい)。
明治の段階では、アイリーンだの
キャサリンだのと並べても、
一般読者には
ピンとこなかったのかも知れません。
この方が読み手の頭の中では
イメージしやすいのは確かですから。
不思議な面白さ③
ご都合主義をものともしない筋書き
緑姫が絶体絶命のピンチに陥っても、
なぜか幸運が起こり、危機を脱します。
離れ島老人は神のように
不可能を可能にします。
「ご都合主義」の連続です。
緻密な構成など何もありません。
でも、「面白さ最優先」であり、
エンターテインメントに
徹しているのです。
現代の物差しで測れば及第点には
遠く及ばないであろう作品です。
しかし固い純文学作品だけが
「文学」と見なされていた
明治の時代に、このような作品が
存在していたこと自体が
奇跡だと思います。
一般庶民にとっての娯楽とは何かを、
おそらくは徹底的に追求し、
試行錯誤したのでしょう。
明治の奇才・押川春浪。
彼が明治の文壇の主流となっていたら、
日本文学はもっと面白くなっていた
可能性があります。
(2018.10.6)

