「葉桜と魔笛」(太宰治)①

互いに思いやる温かく美しい「嘘」の物語

「葉桜と魔笛」(太宰治)
(「新樹の言葉」)新潮文庫

「私」には二つ下の
病弱で死期の近い
寝たきりの妹がいた。
ある日、
M.Tなる男性からの手紙が
妹に届くが、
妹は心当たりがないという。
M.Tはこれまで密かに
妹に手紙をよこしていた男であり、
そして妹を捨てた男であった…。

太宰には「犯人」をはじめとして
いくつかミステリー仕立ての
作品が存在します。
本作品もその一つです。
「ミステリー仕立て」といっても
暗い印象はありません。
美しい物語です。

「私」は妹の引き出しの中から
一束の手紙を発見し、
読んでしまいます。
そこにはM.Tなる男性と妹との
恋が書かれてあったのです。
そして最後の手紙には
二人が肉体的にも
交わったこととともに、
病気を理由に
一方的に別れる由が
書かれてあったのです。

そしてその日に届いた
M.Tからの手紙には、
別れを切り出したことへの詫びと
病身の妹への優しい気遣いが
書かれてあったのです。

なぜ妹はその手紙を
心当たりがないと言ったのか?
ネタばれになって恐縮なのですが、
引き出しの中から出て来た
一束の手紙もその日の手紙も、
どちらも虚構のものなのです。

「私」が発見した一束の手紙は、
妹が自らに宛てた悲しい手紙。
病床にあって
青春を謳歌することなく
死にゆく自分に、
嘘でもいいから
形として残したかった
架空の物語なのです。

その日届いたM.Tからの手紙は、
捨てられた妹を不憫に思った
「私」が書いた優しい嘘。
少しでも希望を持たせたいと
思ったのでしょう。

妹の悲痛な言葉が
読み手の心を揺さぶります。
「自分あての手紙なんか
 書いてるなんて、あさましい。
 あたしは、
 ほんとうに男のかたと、
 大胆に遊べば、よかった。
 あたしのからだを、
 しっかり抱いてもらいたかった。」

「私」の手紙には
「あなたのお庭の塀のそとで、
 口笛吹いて、お聞かせしましょう。
 あしたの晩の六時には、
 さっそく口笛、
 軍艦マアチ吹いてあげます。」

と記してあります。
これも「私」が拵えた「嘘」なのですが、
なぜか6時かっきりに
どこからともなく
軍艦マーチの口笛が
聞こえてくるのです。
これは二人の話を耳にした父親の仕業、
いわば偽物として演じたものです。

太宰の安定期に書かれた、
親子三人の、
互いに思いやる温かく美しい
「嘘」の物語です。
寒さが増してきたこの時期の
夜の読書にいかがでしょうか。

(2018.11.21)

【青空文庫】
「葉桜と魔笛」(太宰治)

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