「葉桜と魔笛」(太宰治)②

妹に対する「私」の女としての嫉妬心

「葉桜と魔笛」(太宰治)
(「新樹の言葉」)新潮文庫

前回本作品を取り上げ、
「互いに思いやる
温かく美しい嘘の物語」と
紹介しました。
実は丁寧に読み込むと、
「美しい」だけでは
済まされない部分も見られます。
妹に対する「私」の
女としての嫉妬心です。

嫉妬心①:
妹宛の手紙の束を見つけた場面

「私も、まだそのころは
 二十になったばかりで、
 若い女としての
 口には言えぬ苦しみも、
 いろいろあったので
 ございます。」
に続き、
体の関係もあったことに対して
「醜い」ものとし、
手紙をすべて焼き捨てます。
そうした関係を消し去り、
妹を綺麗なまま
逝かせたいという優しさとともに、
妹と父親の世話のために
恋愛すらままならない
我が身と照らし合わせ、
妹の恋を羨む気持もあったと
推察されます。
「私自身、胸がうずくような、
 甘酸っぱい、それは、
 いやな切ない思いで、
 あのような苦しみは、
 年ごろの女のひとでなければ、
 わからない、
 生地獄でございます。」

嫉妬心②:
架空のM.Tの手紙の中の短歌

妹が創り上げた
架空の恋人・M.Tは売れない歌人。
それを受けて
姉の書いた虚構の手紙の中で、
M.Tは妹に歌を贈っています。
「待ち待ちて
 ことし咲きけり 桃の花
 白と聞きつつ 花は紅なり」

ここに「純白だと思っていた妹は
すでに色付いていた」という
皮肉が読み取れます。

嫉妬心③:
嘘が看破されたときの「私」の狼狽

「姉さんが書いたのね。」という
妹に対して、
「私は、あまりの恥ずかしさに、
 その手紙、千々に引き裂いて、
 自分の髪をくしゃくしゃ
 引き毮ってしまいたく
 思いました。」

M.Tに成り代わって
手紙を書いたことを
見抜かれただけなら
このような恥ずかしい思いは
しないのではないでしょうか。
「私」がうろたえたのは、
「私」が抱いた邪な思いまで
見抜かれたと
考えたからではないかと思うのです。
冷静な妹からは「聡明さ」が、
慌てる「私」からは「未熟さ」が
感じられる場面です。

姉といってもまだ二十歳。
「私に似ないで、たいへん美しく、
髪も長く、とてもよくできる、
可愛い子」である妹に対して、
そして姉である自分の自由を
制限している病身の妹に対して、
「私」が美しからざる思いを
抱いたとしても
何ら不思議ではありません。

人間の心は単純ではなく、
相反する思いが混濁して存在する。
本作品を読み返すと、
そうした人間の心理を
太宰が絶妙に描いていることに
気付かされます。

(2018.11.21)

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【青空文庫】
「葉桜と魔笛」(太宰治)

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