「溺レる」(川上弘美)

どの作品もちょっと「ずレ」ている

「溺レる」(川上弘美)文春文庫

なぜカタカナの「レ」なのか?
表題からして私たちの感覚と
ちょっとずれています。
実は、この短編集、どの作品も
ちょっと「ずレ」ているのです。

「さやさや」
蝦蛄を食べにいった帰り、
酔いのためか、帰り道を見失った
メザキさんと「私」。
叔父との幼いときの記憶が
交錯し…。

「溺レる」
何かから逃げ、
アイヨクにオボレようとする
モウリさんと「わたし」。
微塵の暗さもない死の決意を抱え、
二人は何かから逃げていく…。

「亀が鳴く」
ユキヲから別れを
告げられた「私」は、
一緒に暮らした三年間と、
一緒に飼っていた
鳴く亀のことを振り返る…。

「可哀相」
ナカザワさんは
肌を重ね合わせるときは
「わたし」を痛くする。
足や腕でもって、
ときには道具を使って痛くする…。

「七面鳥が」
いつだって「わたし」は
ハシバさんと
深い仲になりたいのだが、
ハシバさんがさせてくれない。
七面鳥のようになって「わたし」は
ハシバさんの上に
のることを夢見る…。

「百年」
サカキさんと
情死するつもりだった「私」。
サカキさんは死なず、
「私」だけ死んでしまった。
そうして百年が過ぎた…。

「神虫」
ウチダさんが「わたし」に
青銅の虫をくれた。
ウチダさんの情交は
ねばり強かった。
受けて立つ「わたし」も
なかなか執拗なのであった…。

「無明」
連れ添ってからじき
500年ほどにもなる
トウタさんと「私」。
二人は所以あって
不死のものになってしまった…。

全作品、
共通して不思議な男女関係です。
相手の男性の名前は、
メザキさん、モウリさん、
ナカザワさん、とすべてカタカナ。
そして「わたし」との関係が
まったく不明です。
よく分からない関係で
繋がっている二人なのです。

また、全作品、
品格あるエロス描写です。
煽るような表現を避け、
淡々と二人の性行為を描いています。
「可哀相」などは多分、
縄で縛ってしているのでしょうが、
節度ある描出に抑えています。

「さやさや」では亜空間に迷い込んだ二人、
ぐらいだったのが、
「無明」では不老不死の妖怪変化。
最初はわずかに傾いていた世界が、
少しずつズレが大きくなり、
最後にはひっくり返っているような
作品群なのです。
いくつかの雑誌に掲載された作品を
寄せ集めたものではなく、
もともと単行本として
発表された本書です。
作者が意図的に繋がりをもたせて、
配列したものに違いありません。

川上弘美、
私の好きな女性作家の一人です。

※「日本文学100年の名作」で
 気になった作品があれば、
 その作品が収録されている本を
 買って読んでみることにしています。

(2019.1.4)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA