「外科室」(泉鏡花)②

鏡花の言葉の刃針が、切れ味鋭く迫ってきます

「外科室」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成1」)ちくま文庫

前回、本作品を取り上げ、
「究極のロマンチシズムとも言うべき
筋書きとともに、
贅肉を極限まで削ぎ落とした
鏡花の鬼気迫る文体が、
滅びの美学をこれでもかと
提示してい」ると書きましたが、
論じたのは
「筋書き」についてのみです。
「文体」についても書かせてください。

作者・鏡花は、
肝心な部分になるほど、
具体を避け、
ごく限られた言葉で表現しています。
それは特に二人の会話に顕著です。

麻酔なしの手術中、
突然半身を起こして医師・高峰の
腕に取りすがった女性の言葉。
「貴下だから、貴下だから。」
この一言に、
女性の思いのすべてが
凝縮されています。

すれ違いざまの一目惚れを
九年間隠し続け、
なお滾り続けていた熱い想い。
明治という時代ゆえに
自らの思いを遂げられず、
他家へ嫁がなければならなかった
我が身の運命。
今まさに燃え尽きようとしている
己の命の灯火。
そのさなかに突然
相見えることのできた運命の不思議。
そして喜び。
それらをすべてその一言の裏側に
詰め込むことに成功しているのです。

そして
「でも、貴下は、私を知りますまい!」
「忘れません」

お互いの、
わずか一言ずつの語りかけで、
二人の希求のすべてが疎通します。

自分の一方通行な感情を
吐露するだけで満足だった女性。
しかし、
知るはずもないと思っていた男が、
自分のことを記憶していた。
そればかりでなく、
男も同じ想いを共有していた。
すべてを悟り得た者どうしにしか
伝達しえないやりとりを、
最小限の文言で紡ぎ出しているのです。

続く場面で、
鏡花の言葉の刃針が、
切れ味鋭く迫ってきます。
「あたかも二人の身辺には、
 天なく、地なく、社会なく、
 全く人なきが如くなりし。」

昨日も書きましたが、
これこそ「滅びの美学」なのでしょう。
鴎外のように
西洋から押し寄せてきた
価値観に悲嘆するのでもなく、
漱石のように
新しいモラルを提示するのでもなく、
二人の命と愛を
潰えさせることによってのみ
物語を完結させるのですから。

鏡花の初期の作品は、
文語体で編まれていることもあり、
読みにくいことこの上ありません。
しかし粘り強く咀嚼し、
反芻することにより、
えもいわれぬ豊穣な世界が
見えてきます。
これこそ大人の読書でしょう。

(2019.1.15)

【青空文庫】
「外科室」(泉鏡花)

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