「海神別荘」(泉鏡花)

時代劇とは一味も二味も違います

「海神別荘」(泉鏡花)
(「泉鏡花集成7」)ちくま文庫

海の底の琅かん殿では、
海神の世継ぎである公子が、
妻となる美女の到着を待っていた。
美女の父親は
海神からの貢ぎ物に目がくらみ、
娘を差し出したのであった。
悲しみに沈む美女が
黒潮騎士たちに守られ
琅かん殿に到着すると…。

金ほしさに娘を売り飛ばす、
時代劇ではよく見かけるパターンです。
でもこの泉鏡花の戯曲は
そんなものとは一味も二味も違います。

まず貢ぎ物が桁違い。
時代劇では借金を穴埋めする程度の
はした金で拐かすのが普通です。
ところが本作品の父親は、
家が建ち、蔵が建ち、
使用人を何人も使い、
美しい妾を囲えるくらいの
破格の財物を
送られてしまったからさあ大変。
娘惜しさに涙は流すものの
宝をかえすとは絶対言わないし
言えないのです。

次に娶る男の格が違います。
時代劇では醜男で中年で
嫌らしい男と相場が決まっています。
ところが本作品の娶る男は、
海底の王の世継ぎで武勇に優れ、
理路整然とした言動であり、
女性に優しく、かつイケメン。
申し分のない男の中の男
(でも化け物)なのです。

美女とイケメン。
最高のカップルです。
でもやはり
金で買われてきたのですから、
美女の気持ちは
そうすんなりとはいきません。
そこからの公子と美女のやりとりが
本作品の醍醐味です。

公子の鎧姿を見て、
海底がそのような
恐ろしいところなのかと
美女は問います。
仇は至る処に満ちている、
財と引き替えに貴女を差し出した親は、
既に貴女の仇なのではないかと
公子は返します。
美女は父親との
別れの悲しみを語りますが、
身代としての財宝で
若い妾を囲った父親の行為には
愛情の欠片もないことを
公子は諭します。
親兄弟にせめて生きていることを
伝えたいと美女は願うのですが、
公子はここで幸せに暮らすことが大切と
一蹴します。

結局、美女は一時人間界に戻るのですが、
彼女の姿は他の人間からは
大蛇にしか見えないのです。
彼女自身は何も変化していないものの、
他の人間の目に映る姿が
変わってしまう。
それが魔界なのでしょう。

魔界にすむものの方が、
より尊い存在に思えてしまいます。
形は異形なれども本質は純粋。
泉鏡花の世界観です。

さて、二人は納得し合い結ばれます。
最後はハッピーエンド。
ここも時代劇などとは違います。
泉鏡花の妖しくも美しい世界、
いかがですか。

※本作品を収録した文庫本は、
 ちくま文庫・岩波文庫ともに廃版中。
 幸いにも青空文庫で
 読むことができます。

(2019.1.16)

【青空文庫】
「海神別荘」(泉鏡花)

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