「いまとかあしたとかさっきとかむかしとか」(佐野洋子)

ふみ子とまゆみさんとピーター・パン

「いまとかあしたとか
  さっきとかむかしとか」
 (佐野洋子)

(「それはまだヒミツ」)新潮文庫

ある夜、
ふみ子が寝ている部屋に
立っていたのは、
お母さんによく似た「まゆみさん」。
「わたしね、
ふみ子ちゃんのお母さん、
やになったからやめたの」。
ふみ子は
「あそこもここもない」世界へ、
まゆみさんにつれられていく…。

寝室に現れて、
パジャマ姿のままのふみ子を
不思議な世界へ連れて行く。
まゆみさんはまるでピーター・パンです。
でも、行き先は
ネバーランドではありません。

二人が着いたのは「いまとかあしたとか
さっきとかむかしとか」ないところ、
そしてそこは
「あそこもここも」ないところ、
時間は流れることなく
永遠に止まり続け、
場所は自分の望んだとおりの環境になる。
つまり、時間や場所の概念の
存在しない空間・夢の世界なのです。

ティンカーベルや
フック船長は登場しませんが、
大まかなシチュエーションは
やはり「ピーター・パン」です。
ピーター・パンは大人になることを
拒絶した永遠の子ども。
まゆみさんは大人になって
一番輝いていた年齢から
年老いることを拒んだ
永遠の若者なのでしょう。

夢の世界で野原や森、
ライオンのいる草原を楽しんだ二人。
まゆみさんは言います。
「ずうーっとなんて、時間はないの、
いまがあるだけ」。
ふみ子はまゆみさんに尋ねます。
「この手もずうーっと、
大きくならないの?」

ふみ子は元の世界へ戻ることに決めます。
子どものままでいることよりも、
成長することを望んだからです。
ふみ子もまた、
ピーターパンとはちがう道を
選んだのです。
楽しい時間が永遠に続くことを願うのも
子どものありようの一つなのですが、
自身の成長を求めるのも
やはり子どもの健全な姿なのだと思います。

ふみ子が大人の女性になったとき、
「まゆみさん」のように
老いることを逃れて
永遠の若さを保ちたいと願うのか、
それともこの幼い日のように、
成長するために年を重ねることを選ぶのか、
想像の余地が残された、
奥の深い短編です。

時間の止めようもなく
老いに向かっている50代のおじさんから、
子育てに輝いているお母さん、
そして子どもたちへ薦めたいと思います。

※「まゆみさん」の存在は
 どう考えるべきか?
 お母さんの願望が生み出した
 ドッペルゲンガー?でしょうか。

※佐野洋子。
 今まで絵本作家としてしか
 認識していませんでした。
 反省しています。
 童話もたくさん書いているんですね。
 私が知らなかっただけです。

(2019.1.17)

※「それはまだヒミツ」は
 児童文学アンソロジーとして
 編まれたものです。
 参考までに収録作品一覧を。
「グッド・オールド・デイズ」(石井睦美)
「セカンド・ショット」(川島誠)
「なんの話」(岡田淳)
「亮太」(江國香織)
「オーケストラの少年」(阪田寛夫)
「先生の机」(俵万智)
「いまとかあしたとか
  さっきとかむかしとか」(佐野洋子)
「二宮金太郎」(今江祥智)
「ハードボイルド」(長新太)
「主日に」(長谷川集平)
「親指魚」(山下明生)
「原っぱのリーダー」(眉村卓)
「きみ知るやクサヤノヒモノ」(上野瞭)
「ばく」(夢枕獏)

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