灰色の世界を突き抜けようとした人間の真摯さ
「百年文庫035 灰」ポプラ社

「かめれおん日記 中島敦」
博物学の教員である「私」に、
船員の親戚からもらったという
カメレオンを差し出した生徒。
学校で飼ってはどうかと
いうのである。
飼育用の簡単な設備が整うまで、
「私」はこのカメレオンを
自分のアパートの部屋で
飼うことにする…。
「明月珠 石川淳」
正月元日にかけた「わたし」の願い、
それは自転車に
乗れるようになること。
自転車屋から中古を譲り受け、
そこの娘に指南してもらい、
稽古に励む。
ところがもともと
運動の苦手な「わたし」は
上達が遅く、
深夜に一人で練習を…。
「アスファルトと蜘蛛の子ら 島尾敏雄」
敗戦の日を告知された「私」は、
その前日、憲兵に捕らえられ、
拷問を受ける。
妙な液体を飲まされて
気を失った「私」は、
気が付くと朝を迎えていた。
まもなく始まる
「そのとき」の気配は、
島民や脱走兵の間に、
すでに漂っていた…。
百年文庫第35巻のテーマは「灰」。
集められた3篇の作品の背景は、
確かに「灰色」です。
「かめれおん日記」の「私」は、
衰弱してゆくカメレオンを
アパートで世話しながら、
人間社会の現実と
自己の乖離を見つめています。
イラストで見るカメレオンは
鮮やかに描かれていることが
多いのですが、
現実にはくすんだ褐色であり、
色彩的ではありません。
「灰色」なのです。
「明月珠」の「わたし」は、
就職に失敗します。
自分のすべてを
否定されたように感じた男が、
自転車の乗り方について
少女から指南してもらいます。
深夜や早朝の自転車練習、
(おそらくは)30代後半男性と
少女の組み合わせなど、
決して明るくありません。
「灰色」なのです。
「アスファルトと蜘蛛の子ら」の「私」は、
終戦の日を予知できながらも、
何もできずに
運命に翻弄されるがままなのです。
二度も死線をさまよう経験など、
悲惨極まりありません。
やはり「灰色」なのです。
しかし、3篇とも
決して暗いだけの作品ではありません。
「かめれおん日記」の「私」は
明らかに作者・中島自身であり、
本作品からは
後の傑作群を予感させるような
構造や表現を
多々見つけ出すことができます。
「明月珠」の「わたし」は
最後には誇りを取り戻しています。
「アスファルトと蜘蛛の子ら」もまた、
「私の身体中の生命の子らが
光の方に指や顔をさし延べて行く
むずがゆさ」を覚えているという
希望を予感させる終末になっています。
この3篇は、「灰色」の世界から
脱出を試みている人間の姿を
描いたものと見ることができるのです。
挫折の中にあっても、
いつかは立ち直ることができる
人間の強さ・しなやかさが感じられます。
カバー裏に書かれてある一文、
「灰色の世界を突き抜けようとした
人間の真摯さ」。
まさにその通りの一冊です。
(2019.3.26)

