蒸気機関車が駆け抜けていったような爽快な読後感
「鉄道少年」(佐川光晴)実業之日本社文庫
青函連絡船で
本州に向かう百合子は、
船内に5歳くらいの子どもが
一人でいることに気付く。
周囲に親らしい人物の
いないことに不審を抱き、
尋ねると、
一人で旅をしているのだという。
百合子は男の子と一緒に
船を下りる…。
表題から児童文学であろうと
判断して読み始めたのですが、
そうではありませんでした。
読み始めると
ミステリーのような趣を感じますが、
そうでもありません。
言うなれば
「ルーツ探しの旅inノスタルジック小説
withミステリーfeaturing絆物語」
というところでしょうか。
上に記した粗筋は第一話のもので、
本編の主人公は
三十代に入ったばかりの
JR西日本所属の車両検査技師です。
彼は5歳以前の記憶を
まったく失っていて、
さらには自分が何者であるかさえ
わからないのです。
まもなく父親になるにあたり、
自分の出自を必死で探しているのです。
その「ルーツ探しの旅」が
本作品の最も大きな柱となっています。
第一話から第九話までの
小見出しからして
ノスタルジーを誘います。
青函連絡船羊蹄丸、
中央線快速電車、
ワム60000・キハ81・20系客車、
DD51形ディーゼル機関車等々、
懐かしの国鉄時代の
汽車のオンパレードです。
彼は無類の鉄道マニア(乗り鉄)であり、
過去の記憶の断片も
鉄道と繋がっています。
民営化する以前の国鉄の風景が
所々に鏤められていて、
私のような50代は
強い郷愁を感じてしまいます。
全編ノスタルジックに包まれています。
さらに、主人公かと思われた
第一話の語り手の百合子は、
たんなる証人の一人であり、
第二話から語り手が移る作品構成。
自分の過去に繋がる
「段ボール箱の中身」の謎。
神出鬼没の
鉄道で一人旅をする少年の正体。
謎が一つ一つ解明されていく過程は、
さながら超一級のミステリーです。
そしてなんといっても
心温まる物語が綴られていくのが
本作品の最大の特徴でしょう。
少年と百合子、
少年と伝説のロックシンガー、
主人公と雑誌「鉄道の友」に関わる面々、
主人公とその妻、
そして「段ボール箱の中身」に
詰められていた熱い想い。
人と人とが時間を越え空間を越えて
繋がっていきます。
最後の一文
「さあ、生まれておいで。
おとうさんとおかあさんが
大切に育ててあげる。
そして、一緒に鉄道に乗ろう!」。
心の中を蒸気機関車が
駆け抜けていったような爽快な
読後感を味わうことができます。
これこそ大人の読書本です。
(2019.4.10)