「砂男」(ホフマン)①

生から死、死から生へのジェットコースター

「砂男」(ホフマン/大島かおり訳)
(「砂男/クレスペル顧問官」)
 光文社古典新訳文庫

幼い頃に聞かされた
「砂男」への恐怖から
精神を病むナタナーエル。
彼は「死」の影に
絶えず脅かされていた。
彼の婚約者・クララは
それを優しく根気強く諫め、
彼を勇気づけ、
「生」きる喜びを教え諭そうとする。
そんなクララを彼は…。

怪奇幻想作品で知られるホフマンの
妖しい短篇です。
前半部は「砂男」の怪談に関わる
幼少期の記憶に
ナタナーエルが精神を崩される顛末、
後半部は自動人形「オリンピア」の
存在に心を奪われ、ナタナーエルが
破滅していく物語です。
恐怖と戦慄の世界が
繰り広げられますが、
単に恐怖を煽るだけの作品では
ありません。
全編にわたる生から死、死から生への
ジェットコースターのような遷移が
読みどころです。

冒頭で示されたナタナーエルの手紙は
「砂男」の恐怖について綴られています。
それが「死」への傾斜であるならば、
婚約者クララからの返信は
「生」への回帰に繋がりました。
彼の恐怖は幻に過ぎないことを
明晰に説明しています。

「砂男」の幻影について、
ナタナーエルはクララの兄・ロータルと
諍いを起こし、
ついには決闘に及びます。
「死」の入り口に立ったのです。
それをすんでの所で
身を挺して止めたクララの行為は
まさに「生」への引き戻しです。

後半、クララの存在を忘れ、
オリンピアにのめり込む姿は、
「死」への緩やかな転落といえます。
オリンピアの正体が暴かれ、
それが「砂男」の幻影と結びついたとき、
彼の精神は一気に崩壊します。
しかし、瀕死の彼を看病した
クララの献身的な行為は、
彼を回復させ、
「生」を取り戻すに至るのです。

ここまでは「死」の淵から
「生」への恢復です。
しかしそれでは終わりません。
最終場面でクララは
立ち直ったナタナーエルを誘って
市役所の塔へ上ります。
「あれにもう一度のぼって、
 遠い山並みを見ましょうよ!」

しかし事態は急転直下、
ナタナーエルはついに
「死」への急降下に
向かうことになるのです。

ジェットコースターは
はじめに最高点に達した後、
惰性だけで進行するため、
上下の振幅は次第に小さくなります。
本作品はその逆です。
最初は小さな揺れだったのが、
増幅が積み重なり、
最後は大きなうねりとなって
奈落の底へと急落します。

これこそサイコ・ホラーです。
以後の作家たちに大きな影響を与えた
ホフマンの傑作、いかがでしょうか。

※「砂男」とは、ホフマンが創作した
 モンスターなどではなく、
 ドイツの民間伝承に登場する
 睡魔です。
 背負った袋の中の
 砂をかけられた人は
 目が開けられなくなり、
 眠ってしまうというものです。
 夜更かしする子どもを
 脅しつけるために語られたようです。

※なんとドラえもんにも
 秘密道具「砂男式さいみん機」が
 登場しています。
 砂男は意外にもメジャーだった!?

(2019.7.1)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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