「にごりえ」(樋口一葉)

一葉が描いた女性たちはみな哀しみを抱えている

「にごりえ」(樋口一葉)
(「にごりえ・たけくらべ」)新潮文庫

銘酒屋街の人気の酌婦・お力は、
新客の結城を愛したが、
それ以前に
馴染みの客・源七がいた。
源七はお力に
入れ込んだことで零落し、
今は妻子と長屋での
苦しい生活を送っている。
その源七はお力への
未練を断ち切れずにいた…。

言わずと知れた樋口一葉の傑作です。
遊女がかつて交際していた男に
刺されるという筋書き自体は
おそらく現実世界にも
幾多もあるに違いありません。
その悲劇よりも、
そこに象徴される
明治の女性の悲しみに
私は心を動かされます。

遊女・お力。
若く器量よしで客の扱いにも長け、
遊郭・菊の井の
一枚看板として名を馳せます。
しかし彼女は
心の底に闇を抱えているのです。

結城の前でお力は
胸の内を吐き出します。
幼い頃、家は貧しく
その日の食にも事欠く毎日。
父も祖父も
変わり者と言われて死んでいる。
その血を受け継いで、
自分も精神錯乱の傾向がある。
それ故か妻に持たれるのは嫌で
言わば浮気者なのだと。

源七の妻・お初。
夫・源七の遊郭通いにも耐え、
貧乏生活を強いられることにも耐え、
いまだにお力に
未練を残している夫にも耐え、
生きてきたのです。

今また源七の癇に障り、
ついには離縁を決意します。
そうはいっても親兄弟もなく
行く先に当てがあるわけでもなく、
辛酸な状況は変わらないでしょう。

やはりここにも
「貧困」と「男尊女卑」の問題が
横たわっています。
ある家庭が「貧困」に見舞われたとき、
その災いに直撃されるのは
男性ではなく女性なのです。
お力は遊女になるよりほかに
生きる術を持たず、
お初は着のみ着のまま
幼児と家を出る決心をします。

作者・一葉もまた
貧困に苦しんだ女性です。
父親が事業に失敗した後に
病死したため、
母・妹と一葉の三人家族は
いきなり貧困の底に
突き落とされたのです。
物書きとなった一葉ですが、
まだ書かぬうちから
原稿料を担保に
母親が借金を重ねたため、
一葉の暮らしは
一向に上向かないまま
本作品の執筆を行いました。

結局お力は源七に命を奪われ、
お初のその後は知れません。
源七も可哀相ではあるのですが、
源七に振り回された二人は
さらに気の毒でなりません。

一葉が短い一生の間に
綴った作品の女性たちは
みな哀しみを抱えています。
そして一生懸命生きています。
そこには同じように貧困を味わった
一葉の慈愛のまなざしが
注がれているように
思えてなりません。

(2019.9.13)

【青空文庫】
「にごりえ」(樋口一葉)

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