「羅生門」(芥川龍之介)

芥川が抉りだした人間の心理の複雑さと矮小さ

「羅生門」(芥川龍之介)
(「羅生門・鼻」)新潮文庫

京の都が衰微していた頃、
行き場を失った下人が
羅生門で一夜の宿を
取ろうとしていた。
幾つもの屍骸が
散乱しているその中で、
女の屍体から髪の毛を
抜き取っている老婆を
下人は目撃する。
下人は老婆を取り押さえ、
詰問する…。

本作品も「鼻」同様、今昔物語から
素材を得たものであり、
芥川の脚色が物語を
まったく別物にしています。
では、芥川の脚色部分はどこか?

芥川の脚色①
衰微した京の都の詳細な表現

物語の舞台背景となる
京の都の荒廃ぶりを、
詳細に書き表しています。
それによって下人と老婆の行為が
極限の状況下のものであることを
伝えているのです。

芥川の脚色②
下人と老婆の人物背景の設定

下人と老婆二人の人物を
緻密に設定しています。
下人は主から暇を出された、
つまりは職を失い、住処を失い、
無一文となったことが
説明されています。
一方老婆が髪を抜いている
屍体の女について、
今昔物語では自分の主人だった設定を、
蛇の肉を干し魚と偽って売っていた
悪徳商売女と変更しています。
これによって
老婆が自分の行為を正当化する素地を
生みだしているのです。

芥川の脚色③
下人の心情の克明な描出

もっとも大きな脚色は、
この下人の心情の描出でしょう。
今昔物語では下人の心情は
まったく描かれていません。
これを時系列で追ってみると、
「盗人となるより外に
仕方がないと云う事を、
積極的に肯定するだけの、
勇気が出ずにいた」

「あらゆる悪に対する反感が、
一分毎に強さを増して来た」

「饑死などと云う事は、
殆、考える事さえ出来ない程、
意識の外に追い出されていた」

という急変ぶりです。

今昔物語との相違、
つまり芥川の脚色部分こそ、
芥川が表現したかったことなのです。
そして上に記した①②は、
どちらも③へ繋がっていくのですから、
当然③こそ芥川がもっとも
書きたかったことなのでしょう。

下人の心情変化は乱高下し、
最後は迷いがなくなります。
では下人は精神的に強くなったのか?
否です。
それは下人と老婆の
対比から見て取れます。
老婆の行為は下劣ではあるものの、
生きるために最大限を尽くそうとした
結果なのです。
一方、下人は「こいつがやってるなら
おれがやってもいい」という理屈です。
同じ劣悪でも、
下人は老婆以下といわざるを得ません。

強くなったように見えて
じつは矮小化している下人の人間性。
芥川の筆は、
人間の心理の複雑さと矮小さを
見事に抉り出しています。
多くの人が高校の国語の
教科書で出会う逸品。
もう一度読んでみませんか。

(2019.9.25)

Karin HenselerによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「羅生門」(芥川龍之介)

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