「さぶ」(山本周五郎)②

本作品はさぶではじまり、さぶで終わっている

「さぶ」(山本周五郎)新潮文庫

昨日取り上げた山本周五郎「さぶ」
多くの人が
疑問に感じていることがあります。
「この本の主人公は誰?」
タイトルは「さぶ」なのですが、
全面的に描かれているのは
「栄二」の方なのです。

主人公は栄二なのでしょうが、
作者が本当に描きたかったのは
さぶの方なのだろうと思います。

冒頭の一文
「小雨が靄のようにけぶる夕方、
 両国橋を西から東へ、
 さぶが泣きながら渡っていた。」

終末の一文
「悪かったよ栄ちゃん、
 勘弁してくれ、おらだよ、
 ここをあけてくんな、さぶだよ」

つまり、本作品は
さぶではじまり、
さぶで終わっているのです。

さぶはどのような人物か?
栄二との比較で見てみます。

栄二は職人としての能力が高く、
若くして経師の腕を磨き上げました。
同じ歳のさぶは
糊の仕込みしか任されていません。
栄二のような器用さは
持ち合わせていないのです。
しかし、一つのことを
徹底して極めていく
粘り強さを持っています。

栄二は登場する女性たちに
思いを寄せられます。
栄二の出所後、祝言を挙げるおすえ、
小料理屋すみよしの娘・おのぶ、
大店綿文の二人の娘・おきみ・おその、
栄二は登場する若い女性
すべてから惚れられるのですから、
相当なイケメンなのでしょう。
でも、さぶはモテません。
おのぶに思いを打ち明けるのですが、
栄二のことが忘れられない彼女から
あっさりことわられます。
おのぶは栄二にふられているのですが、
だからといって
さぶへ気持ちは移らないのです。

明らかに表舞台で活躍できる栄二と、
舞台裏でそれを支えるさぶという
設定です。
しかし、
栄二が寄場での三年間で学んだことは、
周囲の支えがあって自分があるという、
人間社会の最も基本的な
しくみについてです。
栄二の成長の根幹には、
愚直で馬鹿正直で自分のことを顧みず
周囲につくすさぶの存在が
大きくあったはずです。

直接スポットを当てるのではなく、
栄二という眩い光の後方に
しっかりとさぶの輪郭を
浮かび上がらせる。
それが作者山本周五郎の
意図したところではないかと
思うのです。

栄二、さぶ、それぞれの生き方から
学ぶべき点の多い本作品。
ぜひ若い人たち、とりわけ
中学生に読んでほしい一冊です。

※さぶの本名はおそらく三郎。
 上下関係を匂わせる
 栄二(2)とさぶ(3)。
 また栄えある栄二と
 substituteを連想させるさぶ、
 作者の洒落心なのでしょうか。

(2019.10.3)

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