「ライスカレー」(獅子文六)

クラシックからモダンへの変遷の滑稽さ

「ライスカレー」(獅子文六)
(「ロボッチイヌ」)ちくま文庫

コック見習いのフー公は、
客の若旦那が気に入らない。
女給のおキミちゃんに
いつも色目を使うからだ。
フー公はおキミちゃんのことが
好きだったのだ。
初めて自分で焼いたビフテキを
差し出したら、
若旦那が文句を言ってきた…。

フー公はまだ見習いにしか過ぎないのに
理想ばかりはやたらと高いのです。
自分で開くレストランは、
メニューを限定し、
ライスは置かずにパンも自分で焼く。
味の分かる客だけを相手にしたい。
でも、フー公はまだ
芋剥きしか任せられていないのです。
若旦那の注文したビフテキも
火を通しすぎたのでしょう。
「鉄のカブト」と馬鹿にされる始末です。

一方のおキミちゃんは
才気溢れる女の子です。
我が儘なフー公を上手になだめて
その場を丸く収めます。
かなり頭も切れ、
人間もできています。

そうしたおキミちゃんのような女の子が
女給になっているのは
当時のご時世としては当然なのですが、
将来的にはフー公が腕を振るう
レストランの経営者として
活躍するであろうことが見てとれます。
獅子文六の作品には
時代を超越したような設定が
散見されるのですが、
本作品も同様です。
考えてみればフー公が現在勤めている
洋食屋カイカ亭はクラシックですが、
フー公が開店を夢見るレストラン
(本文中ではレストオランと
表記されている)はモダンです。

本作品はこのクラシックから
モダンへの変遷が進んだ時期の
滑稽さを味わうべきだと思うのです。
巻末の解説で編者も触れていますが、
展開は決して大きな面白さが
あるわけではありません
(編者は「ヒドい」と表現している)。

さて、表題は「カレーライス」ではなく
「ライスカレー」。
ふと考えてしまいました。
カレーライスが正しいか、
ライスカレーが正しいか、
などという議論が現代ではまったく
聞かれなくなったということを。
もはや死語となった
「ライスカレー」という言葉には
何やらレトロな(レトルトではない)
雰囲気が漂っています。

本作品は、獅子文六の短篇作品集に
収録された冒頭の一篇です。
他の作品も同様に、
クラシックな雰囲気の中に
現代にも通じるモダンな設定が
鏤められています。
現代の私たちからすれば
クラシックな部分の方が
目についてしまうのですが、
当時の読み手にしてみれば
モダンな部分こそ
先鋭的に写っていたのかもしれません。

何はともあれ獅子文六作品が
ちくま文庫を中心に
次々に復刊されているのは
喜ばしいかぎりでしょう。
これぞ大人の読書本です。

※本作品の発表年は不明ですが、
 「あのビフテキを陸軍省に
 献納するといいや」という
 言葉からも
 戦前戦中に書かれたもので
 あることに間違いありません。

(2019.10.22)

SATO3さんによる写真ACからの写真

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