「きりしたん算用記」(遠藤寛子)

では「算用記」の部分は一体どうなのか?

「きりしたん算用記」(遠藤寛子)
 PHP文芸文庫

天涯孤独の少女・小菊は、
ルチアという女性に
窮地を救われる。
ルチアはキリシタンだった。
小菊の聡明さを見抜いたルチアは、
彼女に読み書きや算法を教える。
しかしキリシタン弾圧の
強まる時勢の中、
平穏な日々は続かなかった…。

「算法少女」が有名の遠藤寛子。
「算法少女」同様の、
少女が和算を使って困難を切り抜ける
展開を期待したのですが、
こちらはそうではありませんでした。

小菊が弟子入りした
算法の学問所の師範代・吉田与七。
彼は学級心旺盛で、キリシタンの
学問に興味を持っていたのです。
ルチアが小菊の窮地を救った場面に
彼は居合わせていて、
ルチアがキリシタンであることを
見抜いていたのです。
彼は小菊を通じて
ルチアに近づきたいと願うのです。

与七に好意を持った小菊が
不用意に持ち出した
キリシタンの手習いの本。
それがもとでルチアたちは京の都を
脱出しなければならなくなります。

こうしたキリシタンへの迫害の中で、
ルチアと小菊の逃避行、そして
キリシタンに違和感を感じながらも
次第にその教えに心を揺さぶられていく
小菊の魂の成長。
本作品の読みどころはそうした
表題の「きりしたん」の部分に
集約されていると言っていいでしょう。

では「算用記」の部分は一体どうなのか?
残念ながらルチアや小菊が
算法を披露する場面は殆どありません。
表題の「算法記」は一体何なのか?
答えは最終頁にありました。
「世は寛永という年号の
 時代になっていた。
 そのころ世間では、
 吉田与七光由という若い町人の
 あらわした「塵劫記」という数学書が
 たいへんな評判になっていた。

 (その中に)小菊の伝えた
 「油はかりわけ」の問題が出ている」

つまり、本作品の舞台背景は、
江戸初期の数学者・吉田光由が
「塵劫記」を著した顛末なのでした。
吉田光由について調べると、
幼名は与七であることや、
豪商角倉氏の一族であること、
そして初めは毛利重能の
門下生であったことなどが出てきます。
それらは本作品に
丁寧に描かれています。
本作品は史実を忠実に踏まえ、
その上で想像の働く余地のある部分で
最大限の物語を
創りあげたものなのです。

数学、それも和算の知見がなければ
その面白味が伝わらない
可能性はあるのですが、それでも
少女の成長物語としての読み応えは
十分に味わうことができます。
昨今のリケジョ・ブームに
触発されたのか、単行本出版から
36年後の2012年に文庫化されました。
理系を目指す女子中学生に、
そして歴史好きな女子中学生に
薦めたい一冊です。

(2019.10.28)

おがさわらさんによる写真ACからの写真

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