「幼児狩り」(河野多惠子)

男はサディスト、女はマゾヒスト

「幼児狩り」(河野多惠子)
(「幼児狩り・蟹」)新潮文庫

「幼児狩り」(河野多惠子)
(「日本文学100年の名作第5巻」)

 新潮文庫

晶子は幼い女の子を
激しく嫌う一方、男の子には
異様な執着心を見せる。
今日もまた男子用のブラウスを
衝動買いしてしまう。
彼女は夢想の世界に身を投じる。
7、8歳の男の子が、
30代の男から残酷な折檻を受け、
血を流し始める…。

前回紹介した河野多惠子
当ブログで取り上げるには
最も適していない作家です。
その中でも今日の作品は
最も不適切な内容です。
なにしろ子どもをいたぶる空想癖のある
女性を描いたものですから。

虐待部分は確実に不快感を催すような
表現が約4頁にわたり続きます。
よくもまあこんな情景を
思いついたものです。
しかし、品性のない下劣な作品などと
片づけられない何かが、
河野多惠子の作品にはあるのです。

晶子は幼児期、
とても幸福であったにもかかわらず、
ずっと長いトンネルを
歩いているような抑圧感を感じて
成長します。
そのため、十歳を過ぎた頃から
次第にその年頃の女の子に
嫌悪を感じるようになります。
音楽学校を出て、
しかしコーラスガールで
終わってしまった彼女には
将来の希望はありませんでした。
さらに重度の結核に罹患し、
子どもの産めない身体になります。
そして自分と同じような、
家庭的でない男と暮らすのです。
男はサディスト、晶子はマゾヒスト。
その情交も凄惨なものがあります。
「ふたりは肌の発する音が
 とても好きだ。
 で、その欲求から、
 気がたかぶればたかぶるほど、
 どちらの声も圧せられる。
 が、昨夜はしまいに
 佐々木がロープの長さのほうを
 生かしだしたので、
 晶子の咽喉が大分代理を務めた。」

マゾヒズムであり、幼児愛、
そして幼児狩り願望を夢想する
異常性癖。
男性作家であれば谷崎潤一郎か
江戸川乱歩が描いたあたりでしょう。
事実、作者・河野は
谷崎を崇拝しているのです。

しかし河野はけっして一人称の
感情むき出しのドロドロした作品には
していません。
極めて冷静であり、描き出す対象と
数歩距離を置いたかのような
客観的観察に終始しています。
だからこそ、主人公の特異性が
浮き彫りになっているのです。

幼児虐待などという言葉が
一般化する遙か以前の
昭和36年発表の本作品。
大人にも、ましてや子どもなどには
薦められるはずのない
本作品なのですが、
かといって歴史の彼方に
忘却されてよい作品では
決してありません。

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(2019.10.29)

Alexandr IvanovによるPixabayからの画像

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