「帰去来」(佐藤春夫)

この青年、このあとちゃんとやっていけるのか

「帰去来」(佐藤春夫)
(「百年文庫014 本」)ポプラ社

詩人のもとに、
同郷の文学青年が訪ねてくる。
面倒に感じながらも
応対するうちに、
詩人は次第と青年のことが
放っておけなくなる。
「文学に見込みがないなら
何か商売でも」と言われ、
詩人が彼に紹介したのは
古本屋であった…。

この文学青年、意志薄弱です。
作家を志して上京したのに、
作家では食えないという話を
聞かされたとたんにすぐ断念。
資本のあてがあるから
何か商売をしたいと簡単に鞍替え。
それならまず見習いから、
と紹介された古本屋。
それも半年勤めた後、突然やめて帰郷。
この青年、
このあとちゃんとやっていけるのか
とても心配になりました。

数年前から、若者の離職率の高さが
問題になるようになりました。
ここ数年、中卒、高卒、大学卒の
若者の離職率は
それぞれ7割、5割、3割と
なっているそうです。
本作品の発表は1933年。
1930年代も現代と似たような
ものだったのでしょうか。

転職することが
悪いことではありません。
職場環境が耐えられないほど劣悪なら、
やめることも必要でしょう。
昨今の過労死問題を考えると
そう思わざるを得ません。
でも、古本屋の主人は
商売っ気の薄い親父です。
労働環境としては
悪かろう筈がありません。

よく言われるのが
「企業と若者のミスマッチ」。
企業側の求める能力と
若者の持つそれとの間に
乖離が見られる場合です。
しかしこの青年は文学志望。
本に囲まれる仕事なら
天職に成り得たはずです。

では、この青年のやめた理由は何か?
古本屋に出入りする
出版社の社員に対しての、
主人の辛らつな皮肉を聞き、
いたたまれなくなったからなのです。
「何をやっても
成功おぼつかなしと悟りました」。
自分に見切りをつけるのが
早すぎませんか、と
一言いいたくなります。

若者の離職の原因がどこにあるのか、
厚生労働省の資料を見ても
今一つ判然としませんが、
この青年のような薄志弱行タイプも
多いのかも知れません。

ところで本作品、句点が異様に少なく、
極めて読みにくい文体となっています。
冒頭から4頁ちょっとの
約50行1600字が一文で続いています。
原稿用紙4枚の作文を句点なしで書けば、
間違いなく国語の先生に叱られます。
これは源氏物語などに見られる
日本古来の文体に
回帰しようとした試みなのでしょう。

(2019.11.22)

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