「子熊の夜遊び」(井伏鱒二)

全然違いました。

「子熊の夜遊び」(井伏鱒二)
(「白鳥の歌/貝の音」)講談社文芸文庫

子熊は郷の者五名とともに、
豪族の殉死者として
生き埋めにされるべく
捕らえられる。
酔い潰れて死んだと
思われていた子熊は、
生き埋め状態から
辛くも脱出に成功し、
逃亡を図る。
意識を取り戻したとき、
子熊が見たものは…。

井伏鱒二
こんな小説も書いていたのか!
読み進めると驚きの連続です。

まず表題が曲者でした。
「子熊の夜遊び」。
私はまた「山椒魚」のように、
動物が主人公の寓話か何かだろうと
思っていました。
ユーモラスな筋書きの中に
そこはかとない悲しみが
漂っているのだろうと、
勝手に想像してしまいました。
全然違いました。
「子熊」は人名なのです。

次に書き出しが食わせ者でした。
「日本書紀を見ると、
 垂仁天王二十八年の冬十月の条に、
 殉死について次のような
 意味のことを述べてある。」

何やら歴史小説の風体をしています。
あれ、井上靖の本を
間違えて手に取ったか?
作者名をわざわざ確認したほどです。

文庫本でわずか18頁の作品です。
その冒頭5頁は、埴輪ではなく
殉死者を生き埋めにする
古式に則った埋葬方法で
葬儀を行うくだりが描かれています。
この部分だけ読むと、
生き埋めにされる者の悲劇を
扱っているのかと思ってしまいます。
全然違いました。
中盤ではお笑いに転じます。

子熊は酒を飲ましてくれなければ
死んでやると駄々をこね、
存分に酒を飲みます。
酔い潰れた子熊は
息絶えたように誤解されます。
そのため他の5人と異なり、
浅く埋められたものですから
脱出に成功してしまうのです。
なんだ、
子熊のお笑い逃避行が始まるのか?
全然違いました。
子熊が見たものは…。

「特級酒、一合百二十円、
 上級酒、一合百円、
 ビール、一本百五十円、
 かきフライ、時価、などと
 短冊に書いたのが
 壁に貼り付けてある。」

なんと現代の飲み屋のカウンター。
まさかの終盤です。
もしやSF?
タイムスリップ?
全然違いました。
ただの酔っ払いの夢物語なのです。

井伏はこの作品で
何を伝えたかったのか?
「殉死で生埋めにされた人間は、
 もがき苦しむ。
 ちょうど誰かの生活にそっくりだ」

酔い潰れていた子熊が
カウンターの他の客に呟いた言葉です。
権力者の気まぐれで生活を翻弄される
市井の人間の悲哀を
訴えたかったのか?
それにしては
あまりにも笑える筋書きです。
巻末の解説を読むと、井伏は
「空想の産物だよ」と語ったのだとか。
井伏の文学世界の広さを
再認識されられる作品です。

※残念ながら本書も絶版中です。

(2019.11.26)

skeezeによるPixabayからの画像

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