「深夜の市長」(海野十三)

昼と夜で表裏が変遷していく登場人物たち

「深夜の市長」(海野十三)
 講談社大衆文学館文庫

司法官見習いの浅間には
風変わりな趣味があった。
深夜の大都会・T市の散歩である。
彼はある晩、その散歩の途中、
殺人事件を目撃する。
駆けつけた警官に
追われた浅間を、
年老いたルンペンが救出する。
彼は「深夜の市長」だった…。

日本SF小説の始祖の一人ともいわれ、
SFとミステリーの混濁した
独特の作風で知られる
海野十三(うんのじゅうざ)。
その長編第一作が本作品なのです。
昭和初期に書かれたにもかかわらず、
息もつかせぬサスペンスの連続であり、
読みどころは豊富です。

本作品の味わいどころ①
表と裏のある街・T市

大都会T市とは紛れもなく「東京」。
時代は昭和初期、
関東大震災による壊滅状態から
復興し始めた東京は、
昼は大勢の人間で賑わうものの、
夜は別の顔を見せる街なのです。
舞台そのものに
「表」と「裏」があるのですが、
そのために登場人物やその設定も
昼と夜で表裏が変遷していくのです。

本作品の味わいどころ②
表と裏のある主人公

主人公・浅間信太郎は、
司法官見習いという
立派な表の顔があるのですが、
もう一つ、
探偵小説作家・黄谷青二という
裏の顔も持っているのです。
彼の趣味・夜の散歩は、
実はこの裏の顔・黄谷としての
性格の現れなのです。

本作品の味わいどころ③
表と裏のある登場人物たち

主人公に限らず、多くの登場人物たちが
表と裏の顔を持ち、
昼と夜のT市で暗躍しています。
銀座裏の十銭洋酒店に入り浸っている
年増女・お照は、素面と酩酊状態では
性格が大きく異なります。
「丸の内13号館の中庭に
そびえ立つ高塔」を住居とする
マッドサイエンティスト・速水輪太郎は、
不健康そうな風貌の
科学者でありながら、
大胆かつ非合法な潜入捜査も行います。
浅間の隣の部屋の住人で、
虫も殺さぬような少女・マスミは、
実は権力者の愛人でした。
そもそも「深夜の市長」もまた
老ルンペンという夜の顔とは別に、
堂々とした昼の顔を持っていたことが
終盤で明らかになります。

こうした表と裏の顔を持つ舞台で、
表と裏の顔を持つ
登場人物たちが蠢く中、
浅間が遭遇した殺人事件、
T市の政界スキャンダル、
マスミの不幸な境遇が
一つに収斂されていきます。
発表から80数年が経つにもかかわらず、
全く色褪せない傑作長編。
再評価されるべきです。

※講談社大衆文学館文庫版を
 取り上げましたが、
 こちらは絶版です。
 2016年に出版された
 創元推理文庫版が
 現在流通しています。

(2020.2.25)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「深夜の市長」(海野十三)

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