「でたらめ経」(宇野浩二)

子どもたちに「世の中」を教えるとすれば

「でたらめ経」(宇野浩二)
(「日本児童文学名作集(下)」)
 岩波文庫

ある野原の一軒家で
茶を馳走になった旅人が、
その家のおばあさんから
経の文句を教えて欲しいと
頼まれる。
経など唱えたことのない旅人は、
口から出任せの文句を教える。
おばあさんが経を唱えると、
そこに怪しい二人組が現れ…。

前回、超一級の
大人のエンターテインメントとして
取り上げた宇野浩二。
彼は子ども向けの昔話も
書いていたのです。
これがなかなかいけています。

旅人が口から出任せに
教えた経の文句は…、
「鼠が一匹御入来、かと思ったら、
 すぐに逃げてしまったァ。
 今度は二匹連れで、
 何だか相談をしながら、
 ちょろちょろと御入来。
 ところが驚いて、
 大急ぎで逃げて帰ったァ。」

旅人が仏壇に現れた鼠を見て、
即興でつくったのです。

覚え立ての経を
おばあさんが唱えているところに
現れた怪しい二人組とは、
もちろん泥棒です。
展開はもう見えてくるでしょう。
はじめに忍び込んだ一人は、
「鼠が一匹御入来、かと思ったら、
 すぐに逃げてしまったァ。」

にひるんでしまい、いったん退却。
二人で出直してくると、
「今度は二匹連れで、
 何だか相談をしながら、
 ちょろちょろと御入来。
 ところが驚いて、
 大急ぎで逃げて帰ったァ。」

泥棒からすれば、
背後にいる自分たちの行動を
すべて見通されていると
感じられるのですから、
気持ち悪いにきまっています。
「ああ、驚いた。
 あのばあさんは何だろう。
 きっと化け物か何かだよ。
 後に目があるんだよ。」

お礼をせずにいられずに
でたらめな経を教える旅人も、
善人とは言い難いかわりに
決して悪人でもありません。
忍び込んだ泥棒二人も、
悪人ではありますが
どこか許せる部分を
持ち合わせています。

子どもたちに
「世の中」を教えるとすれば、
このあたりが
ちょうどいいのかも知れません。
昨今は「知らない人には
ついていかない」はもちろんのこと、
「大人から声を掛けられたら
すぐ逃げろ」と教えられているせいで、
子どもたちには
「周囲の大人は悪人だらけ」のような
印象を与えてしまっているように
思えます。

古い時代の呑気な話、と軽視するのは
もったいないと思います。
明治の文豪が残した作品です。
そこに込められた思いを
掬い取る作業が、
現代の読み手には
求められているのでしょう。

大人向けの純文学だけではなく、
童話も数多く手がけた宇野浩二。
その多くが埋もれたままですが、
頑張って発掘していきたいと思います。

(2020.3.30)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA